この記事の連載

 ひとつの肩書きでは括ることができない人物――。それが、宮藤官九郎さんです。『大人計画』という劇団の劇団員であり、脚本家でもあり、監督・俳優としても活躍。さらにはラジオパーソナリティ、演出家、作詞家、作曲家、放送作家、そしてパンクコントバンド・グループ魂のギタリスト……と、その活動の幅広さは他に類を見ないほど。

 これまでもテレビや映画のみならず、数多くの舞台作品の脚本・演出を手掛けてきた宮藤さんですが、実は【歌舞伎】と、とても縁が深い方。昨年、浅草で行われた平成中村座では『唐茄子屋 不思議国之若旦那』という、落語をベースにした新作歌舞伎の作・演出を手掛けられて話題を集めました。その作品がこの度シネマ歌舞伎となって、新春1月5日(金)より公開されることに! 改めて、宮藤さんに作品についてお話を伺いました。(全2回の後篇。前編を読む


想像力に頼る芸能の落語をいかに面白く“見せる”か

――先ほど、「江戸と自分を繋ぐものが落語」と仰っていましたが、今作にはベースとなっている「唐茄子屋政談」のほかにも「大工調べ」といったメジャーな演目から、少しエロティックな艶笑噺と呼ばれる「鈴ふり」まで、多くの落語がちりばめられていました。落語を入れるうえで苦労した点はありましたか?

 「唐茄子屋政談」もそうですが、落語はCDや音源などで聞いたときはすごく面白いのですが、それを具体的に視覚化してしまうと、面白さが半減してしまうことがあるんです。人間の想像力のほうが上回るんですね。「唐茄子屋政談」の場合、若旦那が花魁のことを思い出してデレデレしていたときに人が通りかかって、慌てて「とーなす~」と取り繕うところが一番の笑いどころ。でもあれを視覚化してしまうと、さほど面白くない(笑)。そのハードルをどうやって超えるか、というのがありました。

 「鈴ふり」もそうで、お坊さんたちが腰につけた鈴を生理現象でチリンチリンとあちこちで鳴らしてしまうのが面白いのですが、想像の中ではいいけど、実際の画にしたら生々しくなります。じゃあ、どうしようかと。落語を題材にしたからには、歌舞伎のスタイルで実際の生身の人間が演じて面白くなる方法を考えないと、と思いました。

――この作品には、落語のギャグ、いわゆる“クスグリ”もたくさん引用されているので、落語好きの方も存分に楽しめそうです。

 落語は基本的にバカバカしくてナンセンス。でも実際に人が演じたときに面白く見えるかどうかが難しい。その一方で、落語家の高座なら、観客がその話芸の巧みさに思わず拍手してしまうような“言い立て”を、歌舞伎俳優が難なくこなしちゃったりする、という現象が起こってしまい……。

 それが、(中村)勘九郎くんと(中村)獅童さんが「大工調べ」の一節をわーっと早口でしゃべるところ。かなりの長台詞なのですが、歌舞伎の人は普段からあれくらいの台詞量は当たり前だから、案外サラッと言えちゃう。

 初めて稽古場で見たときに、「あれ? 落語の高座だとここで拍手が起こるはずなのに」と思っちゃいました(笑)。同時に、この人たちは普段からもっとすごいことをやっているんだよなって改めて思い至りました。毎回思いますが、本当に侮れない方々です。

2023.12.05(火)
文=前田美保
撮影=石川啓次