略して前者を「自治警」といい、後者を「国警」という。すなわち大阪市警視庁とは千六百軒のほうの一軒、大阪市だけを管轄する自治警なので、そこに属する新城がこの事件を担当するのは当然だった。新しい民主的な日本では地方のことは地方がやる。もはや国家が偉そうに上から何かを押しつける時代は去ったのだ……と、しかし新城のこんな期待は、捜査開始早々くじかれることになる。上司にこう言われたからだ。
「新城、お前は守屋警部補と組め」
守屋とは守屋恒成、国家地方警察大阪府本部警備部警備二課所属。つまり国警の手先にほかならず、しかも東京出身、東京帝国大学卒、高等文官試験合格、これだけでも大阪生まれで中卒の新城にとっては理解の埒外にあるのに加えて、守屋は性格も冷淡だった。最初に現場へ向かうとき、新城はいちおう気を使って話しかけるのだが、
「……あれでっか、大学はどちら出てはるんでっか」
「東京帝大だ」
「学士様でんな。ワシなんぞ新制中学卒やさかいに、エライモンですわ」
「大したことじゃない」
にべもない返事ばかり。まことに「好きになれる要素など何ひとつない」、最悪の出発にほかならなかった。
とまあ、こうして本作は、何もかもが正反対の男ふたりが事件解決という共通のゴールめざして駆けずりまわる相棒ものの一面を持つ。ミステリとしては類書の多いジャンルではあるが、しかし本作がそれらと大きく違うのは、そんなふたりがもうじき肩書きを失うと早い段階で予告されている点である。しかもその原因は、目の前の事件と強く結びついているのだ。
具体的には北野正剛である。死体となった宮益が、生前、秘書として仕えていた衆議院議員。北野は事件が起きたときには国会の会期中で東京にいたのだが、その国会では、ほかならぬ警察法の改正法案が審議中だったのだ。もしもこれが賛成多数で可決されれば自治警も国警も廃止され、かわって各都道府県がひとつずつ警察組織を持つことになる。
2023.08.01(火)
文=門井 慶喜(作家)