この記事の連載

執筆中には小室眞子さんの結婚も

――執筆中には、小室眞子さんの結婚問題も世の中の関心を集めました。

深沢 ちょうど連載中にご結婚が決まった眞子さんについては、方子さんの生き方に重ね合わせて、思いを巡らしていました。人々の関心を集める皇族である以上、「本人の好きなように生きる自由」が制限される面もありますが、方子さんにも眞子さんにも、見えている部分だけではない、色々な窮屈な思いや葛藤があるのだろうと想像し、ひとりの女性としての幸せについて、深く考えました。

――作品を書いたことで、皇族への考え方に変化はありましたか?

深沢 実はこれまでにも皇室とのご縁がないわけではなかったんです。結婚したばかりの頃、近所でポーセラーツという磁気の絵付けを個人で教えている方のご自宅に通っていたことがあったんですけど、その先生が元皇族のご子孫で。私より年配の方でしたが、ご自宅には昭和天皇と並んで写っているお写真も飾られていて、こんな方が意外と身近にいるものなんだなと、皇室に対して少し親しみを抱きました。

 それと、私の出身校は美智子さまが小学校まで通われていた学校なので、同窓会で美智子さまのお姿をお見かけしたこともあるんです。皇族はもちろん特別な存在ではありますが、こうした小さな偶然がいくつか重なったこともあって、私にとってはご縁を感じる存在でもありました。

――そうはいっても、皇族の素顔はなかなかうかがうことができません。生身の存在としての皇族を描くのは難しかったのではないでしょうか。

深沢 そうですね。皇族は発言一つひとつが大きな意味を持つため、自分の感情を自由に表すことは難しいでしょう。ですから小説の中でも、会話ではなく、内面描写で人物を浮き上がらせるようにしました。

 でも和を重んじる日本では、皇族に限らず、会社や学校、ママ友同士の集まりのなかで「思っていることを言えない」という場面はたくさんありますよね。どんな階級でもどんな立場でも避けられないのではないかと思っています。

――女性の生きづらさも、日本特有の課題とお考えでしょうか。

深沢 特有ということはないと思いますが、日本のジェンダー・ギャップ指数が低いのは今も変わっていません。それに、方子さんが生きていた時代は、女性は「誰かの世話をする存在」でした。義妹、子ども、夫、そして「国」の世話を自分の使命と感じ、誰かをケアすることで自分が救われていく生き方をした女性の姿は、この作品で書けたのではないかと思います。

――この作品を、2023年に生きる女性たちにどのように読んでほしいと思いますか?

深沢 歴史の前面には出てこないけれど、血や国にふり回されながら一生懸命生きてきた女性たちの魂は、現代にも通じるものがあると思いますし、それこそが私が小説を書く原点でもあると思っています。読んでくださる方がどうとらえるかは自由ですが、マサと方子さんのラストは、私自身はいちばん納得がいく形で書けました。結婚している方・いない方、子どもがいる方・いない方、どなたにも響く何かがあるといいなと願っています。ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。

インタビュー【後篇】を読む

李の花は散っても

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次の話を読む李王朝と日本の皇族の結婚を描いた作家・深沢潮が「在日コリアン」というルーツに思うこと

2023.08.05(土)
文=相澤洋美
写真=上田泰世(朝日新聞出版写真映像部)