この記事の連載
- 深沢潮さんインタビュー #1
- 深沢潮さんインタビュー #2
庶民のマサを登場させた理由
――李方子さんを軸に、もうひとりの主人公として架空の人物「マサ」が登場します。どういう意図があったのでしょうか。
深沢 最初は純粋に方子さんの評伝を書くつもりだったんです。本人の自伝も含めて膨大な資料が存在しますし、いくらでも書けると思ったのですが、逆に資料がありすぎて、史実のままにしか書けないという制約も多かったんですよね。
それに、元皇族という立場の人を書くということでは、戦争や大災害時のエピソードにしても上流階級側の目線からしか書くことができないと思ったので、2話目から急遽庶民のマサを登場させることにしました。
――資料のないマサの人物像は、どのように構築したのでしょうか。
深沢 韓国に、内鮮結婚(戦前・戦時中に日本人と朝鮮人の結婚を奨励する国の政策)によって国際結婚をしたものの、何らかの理由で日本に戻れなくなった高齢の方々が暮らす福祉施設があります。以前そこを訪ねた時に、90歳くらいの女性たちが、私の手を握って「赤とんぼ」や「ふるさと」などの日本の歌を歌ってくれたことが強く印象に残っていましたので、その時のお一人おひとりの顔を思い浮かべながら、マサをつくりあげていきました。
――最初の構想から刊行までに7年という歳月を要したと聞いています。
深沢 連載は3カ月に1回の文芸誌だったんですけど、先ほども申し上げた通り資料が膨大にありすぎて、読み込めば読み込むほど、知れば知るほど、新しい見方ができるようになってきて、なかなか書き切れなかったんですよね。4年半連載させていただいて、そこから史実を大学の先生に監修していただきながら1年以上かけて改稿して、書籍として出版できるまでに7年かかりました。関東大震災からちょうど100年の年に出版できたので、時代をふりかえるにはちょうどいいタイミングだったのかなと思います。
――『李の花は散っても』の連載中に、林真理子さんが、方子の母の梨本宮伊都子の視点で、方子や妹の規子(のりこ)の縁談を描いた『李王家の縁談』を上梓されています。
深沢 はじめは驚きましたが、尊敬する大先輩でもある林さんが書かれるほど注目されている李王朝の結婚について私も書いているのだという自負と喜びが増して、さらに筆が乗った記憶があります。
結果的に、私は梨本宮方子の人生にフィクションを織り交ぜた小説で、林さんは梨本宮伊都子の視点で描いた小説なので、まったく違う作品が世の中に登場したことで、より多くの方に読んでもらえるのではと嬉しく思っています。
2023.08.05(土)
文=相澤洋美
写真=上田泰世(朝日新聞出版写真映像部)