杉山文野さんは、出生時に女性と性別を割り当てられたけれど、性自認は男性であるトランスジェンダー。文野さんのパートナーの女性は、ゲイの友人の提供精子による体外受精で2児を出産しました。提供者は、文野さんの盟友である松中権(ゴン)さん。

 2018年に第一子、凍結保存していた受精卵で2021年には第二子が誕生しています。

 ゴンさんは子どもたちを認知して、法律上の実父に。文野さんは子どもたちと養子縁組をして、親権を持つ養母(戸籍上女性なので「養母」)となっています。「3人で親になる」という道を選択した3人。その経緯は文野さんの著書『元女子高生、パパになる』などでも語られました。現在、第一子は4歳、第二子も2歳に。子どもたちの成長と、「親3人体制」の現在の生活について聞きました。


精子提供してもらえたら子どもを持てるかもしれない

文野 僕が子どもを持つことを考えたのは、僕と同じトランスジェンダーの方が第三者からの精子提供を受け、パートナーの女性との間に子どもをもうけた話を聞いたことがきっかけでした。「僕たちも子どもを持てるかもしれない」とパートナーの彼女と話し合って、行きついたのがゲイの友人から精子提供を受ける選択。それでまずゴンちゃんにお願いしてみた。

ゴン 僕は親戚の子の面倒を見る機会が多くて、子どもが好きという自覚はあったんです。でも、小学校高学年で自分は男の子が好きだと気づいた。そこから自己防衛なのか、「子どもがほしい」という思いは無意識に切り離してきました。近年、周囲に子どもを持つLGBTQ当事者が増えていたけれど、自分ではまだ現実味がなかったですね。

文野 ゴンちゃんにお願いしたのは、LGBTQの活動でともに大変な場面を乗り越えてきた信頼関係があったので。

ゴン それで僕が承諾したのは、子どもを一緒に育てる提案だったから。「自分は子どもにとって、どういう存在になるんだろう?」という不安はあったけど、自分も親としての責任を持って子育てに関わりたかったんですね。

文野 ゴンちゃんとは、人と時間とお金に対する価値観が似ていたことも、家族として生きていけるという安心感に繫がったかな。

ゴン あと、文野たちの育った家庭のことをある程度知っていて、快く子どもを受け入れてくれる環境だと思えたことも大きい。いろいろな人と繫がった環境なら、安心して子どもを育てていける。そんな未来が想像できました。

文野 生まれてくる子どもに一番いいかたちを聞いておきたくて、妊活を始める前に、LGBTQの事情と子どもの人権に詳しい弁護士さんに相談しました。特に検討したのは、最悪のケースが起きたときのこと。万が一、僕らの関係が破綻した場合、子どもの親権などの最終決定権は彼女が持つことになっています。弁護士さんに言われてホッとしたのが、「子どもにとって大事なのは、目の前にいる大人が自分に真剣に関わってくれるかどうか。育てる大人の数が多すぎて困ることはない」という一言。この言葉にはすごく励まされたよね。

ゴン 実際、親が3人、ジジババが6人だからね。

子どもが生まれて以降は、文野さんとパートナーが暮らす家にゴンさんが定期的に足を運ぶ生活スタイル。子育て費用は、文野さん:ゴンさん:パートナー=2:2:1の割合で、子ども用口座に入金している。「命を懸けて出産してくれて、かつ、子どもと過ごす時間が長い彼女の金銭負担は1に」。しかし、3人で育児をする上での役割分担はなかなか難しかった。

文野 「何でも話し合って決める」「話し合いから逃げない」がルール。でも役割については、いまも試行錯誤中です。最初は「3人で親なら、役割も3等分」とイメージしていたけど、現実はまったく平等にはならなくて。彼女に負担が集中して揉めたり、ゴンちゃんが遠慮してうまく育児に参加できずに関係がギクシャクしたり。

ゴン 関わり方が難しかったんですね。子育てに参加したいけれど、僕は彼女の友達だったわけではないから距離感もある。親としての経験値も2人に及ばないし、育児のルールが2人の間でいつのまにか変わっていたりもするから、何をするにも探り探りで。2人目の子が生まれて、彼女との関係は少しマイルドになってきたかな。

文野 彼女が切迫早産で入院している間、僕とゴンちゃんとで上の子の面倒を見ました。ちゃんとやれる姿を見せたことで、彼女は「全部抱え込まなくてもいいんだ」と少し安心してくれたのかもね。分担にこだわらず、臨機応変にできることをやる、というスタンスになったのも、よかったのかもしれない。

ゴン 子育てに慣れてきたからか、2人目からはルールもゆるやかになったよね。おかげで前より入っていきやすくなった。

文野 僕としては、3人で親になる前提で精子提供をお願いしたからこそ、ゴンちゃんがいてもいなくてもいい存在になってしまうのは嫌なんだよね。結局、関わる時間が長い人だけが親、という認識になっていくのも申し訳ないし。

ゴン いまの状態にいられるだけでも十分ありがたいよ。

2022年には文野さんとパートナー、子どもたちは、パートナーの実家のある長野へ移住。ゴンさんも故郷・金沢と東京の2拠点生活を始めた。ゴンさんは月に数回、長野の家に行っている。

ゴン 最近は、“ときどき子育てに参加している人”くらいの距離感がちょうどいいような気がしています。子どもたちもしゃべれるようになって、コミュニケ―ションが取りやすくなってきた。

文野 仕事のことも子どもたちのことも、LINEグループなんかで一日中やりとりしているのに、ゴンちゃんは遠慮して子どもたちに電話をかけてきたりはしない。だから、なるべくこちらからかけて、子どもたちとゴンちゃんが話せるようにしています。子どもたちも、別に何を話すでもないけど、「電話する~」って。

ゴン あと、お正月と夏は金沢。

文野 ゴンちゃんと僕で金沢のジジババのところに連れて行く間、彼女にたまの一人時間を満喫してもらったり。あと数年もたてば、ゴンちゃんと子どもたちだけでも行けるよね。

2023.06.16(金)
Text=Lemon Mizushima
Photograph=Ichisei Hiramatsu

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