震災を経て京都に土台を
アフリカのアニミズムと通じるところもあって、日本の神道にも興味があり、パリと日本を頻繁に行き来する時期がしばらく続いたのですが、日々宝物に出会うような時間だったなと今でも思い出します。そして2007年には東京に移り住むことになり、そのあと2011年に(KYOTOGRAPHIEの共同設立者・共同ディレクターである仲西)祐介と、自分のプロジェクトを通じて出会いパートナーになりました。
彼が本職の照明家としてサポートをしてくれたそのプロジェクトをパリで発表し、そのときにアルルのフォトフェスティバルに足を延ばしたのです。結果的にそれもKYOTOGRAPHIEを始めるトリガーのひとつになっていたかもしれません。
そして、東日本大震災を経て、京都に移り住むことになりました。2011年の夏に祇園祭で、お祭りの間だけ伝統的な町家が道行く人にも門戸を開いて所蔵品を公開しているのを体験して、なんだか映画のセットのような空間にぐぐっと引き込まれました。その体験もKYOTOGRAPHIEのインスピレーションのひとつですね。パリにも似たようなところがあるのですが、間口は狭くともそこから奥に続いている世界の奥深さをさらに知りたくなっていました。
震災のあとで、日本に住む人々が傷ついて自粛的な心境になっている状況の中、何かインパクトのあるポジティブなプラットフォームを立ち上げねばという気持ちが芽生えて、祐介と一緒に立ち上げることになったのがKYOTOGRAPHIEなのです。
これまでもいろいろな街を旅してきたのですが、やはり京都でやるというのは大事なポイントで、美術館やギャラリーで展示をするとなるとアート作品がその中に閉じこもってしまうので、京都という街全体を舞台に、我々が祇園祭で体験したような普段は入れないような場所で写真を見せることができれば、一般の人々にもより写真への興味を持ってもらえるのではないかと思いました。
2023.05.02(火)
文・撮影=山本憲資