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今でも語り継がれるエルトゥールル号の遭難事件

 この日、樫野埼灯台を案内してくれたのは、前日と同じく田辺海上保安部のおふたりと、南紀串本観光協会、串本町役場の方々、そしてテレビ和歌山のスタッフさんであった。

 まさかのテレビ取材にビビり倒していたのでちゃんと話せたかは記憶が定かでないが、地元の方々がこの灯台を大切にしていることはびんびん伝わって来たので、気を引き締めたのを覚えている。

 最初に案内された灯台の旧官舎では、かつてエルトゥールル号の人々の救護に当たった人々の子孫である、地元の語り部の方が我々を待ち構えていた。

「分からないことがあったら、何でもいて」

 快活にそうおっしゃった語り部の方は、旧官舎を案内しながら、色々なことを教えてくれた。

 官舎も灯塔も、台風の多い土地柄ゆえ、耐久性を考えて石造りになったこと。地元の石を使ったものの、海岸から建設予定地までは1キロもあり、人力で引っ張ってこなければならなかったこと。イギリスからの技術者と150名もの石工によって建設されたもので、石工の方々は泊まるところがなかったため洞穴で生活をしなければならなかったこと。日本とイギリスでは材木の質が違うので、ドアの木目は全て手作業でわざわざ描き足されたものであるということ。

 それを語る口調にはこの土地ならではの波のような抑揚があり、まるで歌でも聞いているかのようだった。

「エルトゥールル号の事件で、遭難者が見つかった際のお話は伝わっているのですか?」

 予習で、事故を日本側が把握したのは、灯台に遭難者が助けを求めてやって来たからだと聞いていた。その時の様子を聞きたいと思って質問したのだが、答えは意外なものだった。

「最初に気付いた人はね、台風が去った後、何か良いものが流れ着いていないか、朝に浜辺に出たんですよ」

 てっきり、遭難者を灯台で迎えた灯台守の方の話が来ると思っていたのだが、考えてみれば当然、語り部の方の視点はまさに島民の方のものだった。

 そのお話は、文字では到底見えなかった生々しさにあふれていた。

「人知れずの道を何かないかと思いながら浜に下りてゆこうとすると、茂みから『わあっ』て人影が飛び出て来た。すわ何事かと、咄嗟に鉈に手をかけたんだけど、よくよく見ると、怪我をしている。しかも外国の人だ。助けを求めているんだと気付いて慌てて鉈から手を放すと、その人が、こっちに来い、こっちに来いとしきりに服を引っ張る。するとね、あなた、ここに来る前に遊歩道を通ったでしょう? あそこの崖を見ましたか?」

「はい」

 お土産屋さんや立派な騎馬像の反対側は切り立った断崖に面していて、ちょっと覗き込んだだけで足が竦むほどの高さだった。

「あそこはね、当時はまだ今みたいに木も生えていなくて、岩肌がき出しになっていたんです。そこを、しきりと指さすの。崖下を見下ろせば、お亡くなりになった人が、たくさん流れ着いている……」

 台風一過の朝の光の中、その光景はどれほど凄惨なものだっただろう。

 それを最初に見た島民の方の気持ちも、仲間を助けてくれと訴えたかった遭難者の方の気持ちも、私の想像の及ばぬ領域にあったことは間違いない。

「その前、夜のうちにも、灯台の灯りを目指して、怪我人が十人くらいここまでやって来たらしいんですよ」

「嵐の夜に、あのとんでもない絶壁を登ってきたってことですか!」

 そうだよ、本当に必死だったんだろうね、と語り部の方はしみじみと言う。

「怪我人がやって来た時、灯台守の人はびっくりして、でも今みたいなちゃんとした救急セットなんかないからさ、ヨモギとかゲンノショウコとか、手元にあるもので一生懸命手当てしたわけ。でも、何が起こっているかなんかさっぱり分からない。朝になって島の者が知らせたことで、ようやく大きな難破があったって気付いたんだ」

 もはや私は、ろくに相槌も打てなかった。

 黙ってしまったこちらを見て、語り部の方は、「でもね、悲しい話ばかり残っているわけじゃないんですよ」と言う。

「助けられた人の中にすごく大柄な人がいてね。着物を貸してあげたんだけど、つんつるてんになっちゃったんだって。しかもすごい大食漢で、作ったおにぎりを片っ端から全部食べちゃうんだな」

 ここで、思いがけず大活躍したものがあったという。

「さっき、官舎が建てられた時のことをお話ししたでしょう。その時活躍したイギリス人技術者が帰国する際にね、フライパンを島の者にくれたんです。その後はずっと倉庫にしまいっぱなしになっていたんだけど、エルトゥールル号の事件が起きて、それを引っ張り出してきた。ほら、やっぱりみんな、食べ慣れたものが恋しいでしょ? 鶏を油で煮炊きしたものを出したら、とっても喜んでね、うまい、うまいって言って食べたらしいよ」

 最初に聞いた話が伏線として上手につながって、見事なオチまでついてしまった。

2023.03.04(土)
文=阿部智里
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年3.4月合併号