主人公は、庶民相手に鍋釜など所帯道具を賃貸しする損料屋を営む喜八郎。じつは元同心で、口数が少なく愛想もない、細面の両目は深く窪んで瞳は鋭く、相手が武家でも博徒でも動じない。

「ハードボイルドの時代物をやりたい、と考えていました。喜八郎は父親が浪人のまま死んだ貧乏武家ですが、知恵があり有能で、一代限りとはいえ同心に引き立てられた。ところが上役の不始末を隠蔽するために詰め腹を切らされたという過去がある。そんな男が、自分の内から湧き上がる怒りを傲慢な札差にぶつける、という物語に仕上げたわけです」

 喜八郎の人物造形はいまもあまり変わらないが、巻数を重ねるにつれ、周囲の人物たちには変化がみられる。たとえば第1作では喜八郎の敵役のようだった大物札差の伊勢屋四郎左衛門は、最新作では喜八郎の父親代わりのような存在だ。

「最初の単行本を出した後に資料を読んで知ったのですが、伊勢屋は、松平定信が断行した棄捐令であれほど痛めつけられたのに、手代をクビにしていないんです。これはすごいことで、当時の札差の大半が店を小さくしているのに、彼はそれを切り抜けて、なおかつ奉公人を大事にした。そういう力量のある人物だと知るにつれ、自分の狭かった理解が広がって伊勢屋という男が好きになり、甘くはないけれど懐が深い人物として描くようになりました。

 登場人物は紙の上だけではなしに、つねに私の頭の中で走り回っているんです。その走り回って変化している様をいかに筆に下ろすか、その戦いが小説を書くということだと思います。
  
 たとえば池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』は、巻数を読み進むほどに、鬼平ではなく周辺の人物たちが人間として大きくなっていると感じます。書き続けていったとき、登場人物が大きくなり、奥行きが深まるというのが物書きとしてひとつの憧れなので、そうなるように常に心掛けています」

 さて、読者が気になるのは喜八郎と料亭の女将・秀弥の関係だ。山本さんは、当初からふたりが想い合う仲になると考えていたというが、なかなか進展しなかった。それが最新作では、ようやく大きな一歩を踏み出すことになる。

2023.02.06(月)