なーんにも起きない話が読みたいの。

 恋愛、友情、勝負の世界……アドレナリンが出まくる王道マンガはもちろん面白いですが、ジェットコースター的事件は何も起きない”日常系マンガ”がいま熱い、と声を大にして申し上げたいです。

 日常系マンガのキャラクターたちは、食卓を囲んでおしゃべりに興じたり、趣味を共有してお出かけしたり、ふと人生を振り返ったりします。昨今、そうしたマンガの人気が高いのは、ゆるい暮らしの悲喜こもごもを楽しむ、いわば日々是好日の空気感が、殺伐とした現代の清涼剤のように思えるからかもしれません。

 この手のマンガを支持したくなる理由はいくつかありますが、ひとつは間違いなく、自分のリアルに近く自然と感情移入できてしまうことでしょう。「この気分分かる」「私にも似たようなことがあった」など、自分の中にある宝物(あるいは澱み)のような記憶とリンクするエピソードが出てきて、ハッとしてしまうからだと思います。

 たとえば、マンガのテーマとしてもプチブームの推し活。その楽しさと苦しさは表裏一体だとか、いい歳して可愛いモノが好きなんて言えないなど、推しを持つ人の心の機微をビビッドに描いた『沼の中で~』や『おじさんは~』には、共感せずにはいられません。

 日常系マンガには親近感溢れるキャラクターがつきもの。『ブランチライン』のように姉妹やご近所さんらが心地よい関係性を築いているのも、好感度を爆上がりさせている要因でしょう。『三拍子の娘』にしても『ツイステッド~』にしても、作中の姉妹たちはみな個性的というよりクセが強く、ケンカもするのですが、食卓を囲むと仲直りするのが、微笑ましかったりします。

 ザ・日常がテーマの『特別じゃない日』や『ひらやすみ』に見られるように、「特別なことがない」が前提ではありますが、代わり映えのしない日常は、案外小さな発見の宝庫だということを忘れてはいけません。

 おじいちゃんおばあちゃん世代の本音が垣間見えるシルバーライフや、趣味の世界などを描いた作品は、未体験ゾーンを知るきっかけにもなります。『琥珀の夢で酔いましょう』のクラフトビールや『のボルダ』のボルダリングなどは、すでにハマっているなら同志的な気持ちで読むこともできます。

 一見、変化のない暮らしを重ねるキャラクターたちは、よくある悩みを抱え、トライ&エラーで答えを探そうとします。その先で得た彼女や彼たちの気づきは、ぐるぐる赤ペンで囲みたくなるような心に刺さる名言ばかり。

 ささやかな日々は、淡く優しい色で描かれた水彩画のように美しいことを、日常系マンガを読むたびに再認識せずにはいられないのです。

◆『沼の中で不惑を迎えます。輝くな!アラフォーおっかけレズビアン!』竹内佐千子

【推し活!】推しなしで生きる人生の虚しさ

 推し活の定義がもはや哲学。そんな著者のベテラン推し活ライフがコミカルに描かれる。

 推し心をまるで理解しない真逆のメンタリティを持つ担当編集のエイチさんとのやりとりによって意味が深掘りされていくのが面白い。

『沼の中で不惑を迎えます。輝くな!アラフォーおっかけレズビアン!』竹内佐千子

集英社 1,540円 全1巻

ほかにも

『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(平尾アウリ/徳間書店)
『おじさんはカワイイものがお好き。』(ツトム/フレックスコミックス)
『私のことを憶えていますか』(東村アキコ/文藝春秋)

2022.11.15(火)
Text=Asako Miura

CREA 2022年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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