コロナ禍の医療現場を描いた理由

 拙作『機械仕掛けの太陽』は、2020年の正月から、2022年の6月までの2年半に及ぶ、コロナ禍の医療現場の記録だ。小説家であると同時に医師でもある私はこのコロナ禍で、防護服を着こみ、N95マスクを装着して、発熱外来というウイルスとの戦争の前線に立ち、数百人のCOVID患者の診察を行うことになった。自らが感染し、肺が焼かれる恐怖に震えながら、平穏な日常が未知のウイルスに侵食されていくのを、アイシールド越しに目の当たりにした。

 この100年に1度のパンデミックは、間違いなく人類の歴史に刻まれる大災害だ。数十年後の子供たちは、この出来事を教科書で知ることになるだろう。しかし、無味乾燥な文字の羅列で、知識としてそれを知ったとしても、本当に学んだことにはならない。

 小説というものは、読者が自らを登場人物に投影しながら読み進め、その物語の中で起きたことを追体験することができる媒体だ。アルベール・カミュの『ペスト』を読むことで、黒死病が蔓延したヨーロッパをリアルに思い浮かべることができるように。

 コロナ禍の日本社会で、そしてウイルスとの戦場と化した医療現場で、実際になにがあったのか。それを小説という形で残し、後世の人々が追体験できるようにする。それこそが、実際に医師としてPPE(個人防護具)を着込み、発熱外来に立つという稀有な体験をした小説家としての義務であると考え、ペンをとった。

医療関係者がおぼえた“怒りと絶望”

『機械仕掛けの太陽』は小説であると同時に、ノンフィクション作品でもある。この小説に登場する、大学病院の呼吸器内科医、コロナ病棟の看護師、地域医療に尽くしている開業医たちは、それぞれにモデルがいる。

 医学的な知識があるからこそ、医療従事者はこのウイルスが恐ろしかった。自らがウイルスに殺される可能性をリアルに自覚しつつも、恐怖を押し殺し、現場に立ち続けた。にもかかわらずコロナ禍が長引くにつれ、医療を守る為に国民が不便を強いられていると、理不尽な非難が浴びせられるようになった。それにより多くの医療従事者が心身の限界に達して現場を離れ、残った者たちの負担はさらに大きくなるという負のスパイラルが生じてしまった。

2022.10.27(木)
文=知念実希人