日本の作品は複雑すぎると感じていたファン監督

 では、「過去作品へのカウンター」とは何なのか? それは「シンプルさ」と「リアリティ」だ。

 『イカゲーム』のファン・ドンヒョク監督は、Varietyのインタビューの中で「長年にわたって日本の漫画やアニメからインスピレーションを受けてきた」と明かしつつ、「漫画喫茶で『バトル・ロワイアル』や『LIAR GAME』を読んで『自分がこのゲームに参加したらどうするだろう?』と考えつつも、ゲームの内容が複雑すぎると感じていました。そのため、『イカゲーム』では子どもの遊びを採用したのです」と語っている。

 この発言からも見て取れるように、ファン監督の意識としては、やはり既存作品に対するカウンター的なアプローチがあったといえるだろう。その表れが、シンプルさ。

 「一発で理解できる」内容のゲームを意識的に盛り込んだ結果、脱北者や外国人労働者といった「韓国語で複雑なゲームが展開すると不利になる」キャラクター(かつ、格差社会の体現者でもある)も入れ込めたと考えると、社会性やメッセージ性も強めることになった英断だったと唸らされずにはいられない。

 ファン監督は、「ゲームのルールをシンプルにすることで、視聴者がキャラクターに集中できる」とも。「私は、現代の資本主義社会、極端な競争社会の寓話を描きたかったのです。そのためには、実生活で出会ったようなキャラクターである必要がありました」との言葉も、実に興味深い。

 デスゲームにありがちなキャラが立ち過ぎた人物ではなく、リアリティを強めるということ。そのうえで、共感が得られる性格にしていく。これもまた、既存作品に対するある種のカウンターといえるだろう。

 確かに、『イカゲーム』のキャラクターには、“騙し”を意気揚々と行うキャラクターがほぼいない。皆が生き残るために必死で、余裕がないのだ。悪役のチャン・ドクス(ホ・ソンテ)や、コミック・リリーフ的な立ち位置のハン・ミニョ(キム・ジュリョン)といった他者を踏みつけにするキャラクターはいるものの、常に彼らの内面にある「不安」や「恐怖」を描いており、生々しさがセットになっている。

 ただ、徹頭徹尾ドキュメンタリーのようなテイストで人物設定を行うのではなく、ストーリー同様キャラクターもシンプルで、観やすいのが『イカゲーム』の大きな特長主人公のソン・ギフン(イ・ジョンジェ)はお人好しで、どんな状況に陥っても他者を気遣ってしまう。

 生き残るために嘘をつくシーンでは、罪悪感に苛まれるなど、人間性や善意の象徴として描かれる。実に主人公らしい主人公であり、高潔な人物だ。彼がごくつぶしになってしまった背景には、勤めていた会社のリストラがあり、さらにその裏には旧態依然とした労働環境とストがあるなど、現代社会に対するアンチテーゼもにじむ。

 ギフンの幼なじみであり、エリートだったが事業の失敗によって転落したチョ・サンウ(パク・ヘス)は、作品の中でどんどん凶暴性が増していくキャラクター。彼は先に述べた「資本主義社会」「競争社会」の体現者としての役割を背負っており、自分が生き残るという“利益”のために他者を斬り捨てていく。

 その結果、ギフンとサンウの対立構造ができていくのは、視聴者にとっては“待ってました”な展開であり、王道の演出といえるだろう。

 また、『イカゲーム』ならではの面白さといえるのが、ゲームを仕掛ける側もきっちりと描いていることだ。謎の存在ではあるのだが、人間くささを絶妙に織り交ぜていき、彼らもまた権力者によって使役されている存在であることをにおわせる。そうした裏の姿を暴く存在として、ゲームに潜入した刑事ファン・ジュノ(ウィ・ハジュン)を置く演出も絶妙だ。

2021.10.24(日)
文=SYO