――本当に好奇心が強いですね。エッセイでも、東大の大学院生の家庭教師に、歴史や社会構造を教えてもらっているとありました。勉強は続けているんですか?

若林 今でもLINEで家庭教師に質問したりします。でも、頭が良い人と、僕みたいに勉強ができなかった人の違いだと思うんですけど、習ったことを忘れちゃうんですよね。それで「2年前にも説明しましたよ」って言われて。だから、「頭悪い人間は忘れちゃうんだから、また同じように教えてくれ」って言いました!

©️文藝春秋
©️文藝春秋

「親父はね、褒めないすからね」

――プライベートでの大きな出来事として、キューバ旅行の直前、2016年4月にお父様が亡くなられました。作中でのお父様との対話も印象的です。できあがった文庫をご覧になって、お父様は何と言うと思いますか?

若林 親父はね、褒めないすからね。読んでも何も言わずにって感じだと思います。もしかしたらキューバのボサノバとか、音楽のことはすごく聞いてくるんじゃないかなとは思いますね。

 親父が亡くなる2カ月ぐらいのことは、かなり強烈な経験だったんです。病院に行ったり、自宅に帰ってきた親父の横にいたり……。

――寝たきりの期間もあったそうですね。

若林 そう。本も、ページをめくるだけで息があがっちゃうから、残されているのはテレビだけなんだなって思ったり。

©️文藝春秋
©️文藝春秋

 東京にいると、人生の長期のデザインを考えるじゃないですか。システムとか、スペック、っていう言葉もそこから生まれるでしょ。それで、そのゴールにたどり着けるかって、今の自分と比較すればするほど、自己肯定できなくなっちゃう。僕はそれを繰り返してきた。でも、親父が死んでからは、1日の感覚が変わって、今できることは楽しもうって思いました。それで夜中に1人でスリーポイントシュートを打ちに行ったりしてるんですね(笑)。

芥川賞受賞作『破局』の再読したくなる魅力

――若林さんといえば読書がお好きなことでも知られています。最近、読んで面白かった本を教えてください。

若林 いま、読んでいる最中の本は『禅ゴルフ―メンタル・ゲームをマスターする法』(ジョセフ・ペアレント、ちくま文庫)。パターを打つときに、「外れろ」って念じながら打つと入りやすくなるタイプと、「絶対入る」って思った方が入るタイプがいるんですって。面白いですよね。俺はしつこいんで、読んですぐ打ちっぱなしに行って、ずっと「外れろ」って思いながら打ちました。あんまり変わんなかったけど。

 小説ではなんだろなあ……。あ、芥川賞受賞作の『破局』(遠野遥、河出書房新社)だ。たまたま新幹線の帰りの電車で読み始めたんですけど、降りてからも新横浜のマクドナルドで最後まで読んじゃいました。主人公と同じ、僕がラグビー部出身だっていうのもあるんですけど、試合で勝つために最適化された人間の、最適化されたはずなのに逆に生まれた面倒くささがあって、そこに愛着も湧いちゃう、みたいな。いやあ、もう1回読みたくなっちゃいます。

©️文藝春秋
©️文藝春秋

――エッセイのあとがきでは、「コロナ後の東京」と題して、緊急事態宣言直前の銀座の様子を描いています。旅を通じて「血が通った関係と没頭」の価値にたどりついた若林さんですが、コロナによる価値観の変化についてどう思いますか?

若林 緊急事態宣言の頃は、自分でも不安になるぐらい、どんなふうに社会が変わっちゃうんだろうと思ったんです。でも、もうちょっと勉強しないとわかんないですけど、やっぱ新自由主義ってしぶとくて、戻ってきてる感じがします。まあ、高校時代の同級生とリモート飲みをしてても結局は、「直接会いたいね」って話になっちゃうんですけどね。

(撮影:平松市聖)

2020.10.14(水)
撮影=平松市聖