彫り始めた30代前半、生涯に12万体を作ると発願した

柿本人麿坐像 江戸時代・17世紀 総高50.2cm/東山神明神社蔵

 白隠に先立つこと半世紀、円空は江戸時代の初期に活動した「造仏聖」として知られている。造仏聖とは、仏像制作を専門とするプロの仏師ではなく、自らの信仰の表現として仏の像を刻んだ僧侶。古代や中世にも少なくなかったが、その活躍ぶりがもっとも目立つのは近世のこと。

不動明王および二童子立像 江戸時代・17世紀 総高(不動)95.8cm(矜羯羅)62.3cm(制吒迦)58.8cm/千光寺蔵

 江戸に成立した徳川幕府は、すべての寺を厳密な本寺末寺の関係に置き、末寺の住持の任免権は本山が、本山の住持の任免権は幕府が持つという仕組みを作って、寺院を封建体制に組み入れた。さらに民衆は全員が宗旨と檀那寺を決めなければならず(禁教のキリシタンや日蓮宗不受不施派でないことの証明)、旅行や結婚に必要な身分証明書は檀那寺が発行、寺が幕府の末端組織となって人々の動向を監視する役目を負った。この「利権」をいいことに、寺への上納金や付け届けを強要する住持が出るなど、僧侶の堕落が進んだために、既存仏教の枠を飛び出して修行に努める遊行僧や、権力や金銭への執着を捨てて民衆に寄り添う清僧が敬慕されたのだ。

左:不動明王立像 江戸時代・17世紀 総高172.8cm/素玄寺蔵
右:金剛力士(仁王)立像 吽形 江戸時代・17世紀 総高226.0cm/千光寺蔵

 円空もそんな遊行僧として、出身地の美濃国(現在の岐阜県)を拠点に近畿、関東、東北、北海道まで行脚を重ね、その道筋で、木ぎれを利用して彫った掌に載るほどの小さな像から、見上げるような像まで、膨大な数の仏の像を刻んでは民衆に与え続けた。

 仏像を彫り始めた30代の前半から、生涯に12万体を作ると発願した、という伝記も残る。明治の廃仏毀釈を逃れ、現存するものだけでも約5000点に上ることから、大小併せて12万体という数も、伝説とばかりは言えなさそうだ。

 このあまりに膨大な作品数に比べ、100体の展示はささやかなものかもしれないが、仏像彫刻として破格の表現に触れる絶好の機会。現代美術ファンや、「難しそうだからパス」という仏像アレルギーの人にこそ、騙されたと思って見に行ってほしい展覧会だ。

特別展「飛騨の円空─千光寺とその周辺の足跡─」
会場 東京国立博物館
会期 1月12日~4月7日
休館日 月曜日(ただし2月11日は開室、12日は閉室)
開館時間 9:30~17:00(3・4月の金曜は20:00まで。4月6日、7日は18:00まで。入館は閉室の30分前まで)
料金 一般900円
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)

橋本麻里

橋本麻里(はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2013.02.09(土)