宗教性よりも「歓喜」がテーマ

2008年にはパリ国立オペラと来日し、デュカス作曲『アリアーヌと青ひげ』で見事なフランス音楽の美を聴かせた。

 『アッシジの聖フランチェスコ』の長大なオペラの全編が日本で上演されるのも、これが初めてのこととなる。「清貧の聖者」として知られ、小鳥に説教をしたことでも知られる聖フランチェスコだが、オペラの物語は日本ではあまりなじみがない。

「確かにメシアンは教会のオルガニストを長年務めた宗教的な人物でしたが、作品で宗教的なことを伝えることが目的ではありませんでした。もちろん宗教は重要な要素ではありますが……何を伝えたいかというメッセージはまた別なのです。作曲家が音楽を通して伝えたかったのは何よりヒューマニティ~人間性~ということ。そして『歓喜』と『希望』だったと思うのです。この作品は恐怖心から始まり、最後に喜びによって終わります。それが4時間半にわたって描かれる……恐怖というA地点から歓喜というB地点に行くまで、それだけの時間を要するのです。メシアンの音楽には鳥がたくさん登場しますが、鳥の言葉はメシアンの音楽では歓喜の象徴です。このオペラでは鳥の声を聴くように、何かを理解しようとするよりも何かを感じてほしいのです」

 音楽史的にも、メシアンは非常にユニークな作曲家だ。20世紀の前衛と、バッハ以前の古い音楽が混在しているような、あるいはそのすべてを超越しているような巨大なスケール感がある。それは音楽家の「宇宙観」といっていいかも知れない。

「メシアンはバッハを崇拝していたのです。信仰心という共通点がありましたし、バッハもメシアンも万国共通の言葉を表現していると思います。そしてその信仰から何が生まれるか、というと、万人を愛する友愛精神、喜び、幸せ、神に対する大きな信頼です。現世だけでなく、来世も幸せになれるという確信を、私たちは音楽を通じて感じることが出来るのです。聖フランチェスコという人物が象徴しているのも、兄弟愛であり、友愛の精神です。そして神が作り出した人間と自然界の壮大なつながりも、作品では描かれます」

明るくフレンドリーな性格のカンブルラン。忍耐強く情熱家で、つねに妥協のないアプローチでオーケストラを導く。

 オーケストラの表現も多彩でユニークだ。大編成のオーケストラが、聖フランチェスコの質素な生き方を表わすために、とてもシンプルな……「貧しい」といっていいほどの素朴な音を出す場面も多い。大編成=爆音、というイメージとは別の次元が、色々な場面で展開されるのだ。

「大編成のオーケストラと合唱が一度に音を出す壮大な表現もありますが、確かにそうでないシンプルな部分も多い……天使が出てくる場面などは、オーケストラもとても慎ましいですね。オンド・マルトノ(※)も出てきますが、これはとても人間の声に似ています。ビブラートもかけられますし、ピアニッシモも演奏できる。ありとあらゆる自然界の音が出てきます。鳥だけでなく、風の音も出てきますし、神の被造物すべてをオーケストラで表現していきます。それと同時に、非常に謎に満ちた「人間性」というものも浮き彫りにしていきます。アッシジの聖フランチェスコは、裕福に育ちながらそれを捨てて貧しさに美的なものを見出していく……120名のオーケストラのみなさんと、貧しくて何もないシンプルな場面や、彼が信仰を深めながらどのように精神性を変えていくかを表現していきます」

※オンド・マルトノ
フランス人電気技師モーリス・マルトノによって1928年に発明された電子楽器。小型の鍵盤楽器の形をしており、テルミンに似た独特のサウンドを出す。20世紀に書かれた前衛音楽に頻繁に使われた時期があり、メシアンは『トゥーランガリラ交響曲』でもオンド・マルトノを印象的に使用している。

2017.11.18(土)
文=小田島久恵
撮影=佐藤 亘