「ひとめ惚れ」した切望の作品
カンブルラン氏がこのメシアンのオペラを最初に振ったのは1992年。初演は1983年(小澤征爾氏の指揮による)だったが、その頃からこの作品の虜になり、指揮をすることを夢見ていたという。
「長年ベルギーの王立モネ劇場で一緒に仕事をした、私の親友でもあるジェラール・モルティエがこの作品の上演の企画を立ててくれました。実際に上演が実現したのは92年で、メシアンが亡くなった年でした。92年には6回振りましたよ。その直前にエサ=ペッカ・サロネンの指揮を聴いて、彼の仕事を尊敬しながらも、自分は別なふうに振るだろうと思っていました」
上演時間4時間半を超える作品では、指揮者も相当な体力を使う。既に読響とは5時間を超える『トリスタンとイゾルデ』(ワーグナー)を上演しているが、集中力をキープするための秘訣はあるのだろうか?
「長さでいえば、ワーグナーはもちろんベルリオーズも長いですし、ジョン・アダムズのオペラにも長大なものがあります。音楽性が素晴らしければ、その点で集中力は問題なく保てるのですよ。オーケストラもそうだと思います。『アッシジの聖フランチェスコ』では、2幕目に辿り着いたとき最初の大きな疲労感がやってきますが、3幕目になるとだんだんエネルギーが軽くなってくるんです。終わりになる頃にはエネルギーがさらに回帰して、また1幕目に戻れるほどの活力がみなぎります。特別な、変わったエネルギーが私たちを復活させる……音楽そのものがエネルギーを作り出していくのです」
そういえば、カンブルランはいつも全身から大きなパワーを出していて、疲れている姿を見たことがない。読響の公演でも、彼はいつも軽快に走って登場し、軽くジャンプして指揮台に乗るのだ。映像で見る20年前の姿より、69歳の今のほうがスマートで若々しいのにも驚かされる。
「オーケストラと聴衆からいつもエネルギーをもらっていますからね。日々が喜びですし、日々音楽を通してエネルギーをリチャージしている感じです。オーケストラとの関係はラブストーリーと同じで、いい時もあれば悪い時もある。いい時というのは、この上ない幸せをもたらしてくれます」
読響とは常任指揮者の契約をこれまでに2度更新し、2019年までシェフを務めることになっている。ヨーロッパ中のオーケストラや歌劇場で活躍する多忙なマエストロが、読響に感じている信頼と愛情はとても大きなものだ。
「今の私たちは、長年にわたって蓄積してきたさまざまな成果が出てきている段階にあります。今年『アッシジの聖フランチェスコ』をやったことによって、来年はもっともっと関係性がよくなっていくでしょう。私は色々な作品を採り上げ、色々なアプローチを行っていますし、楽員の皆さんも信頼してくれます。技術的なことも、皆さんにわかりやすく説明していますし、それを聞いているときの全員の集中力はすごいものです。全力で取り組んでいるのがわかるので、次から次へ、さらに進化した絆を築いていけるのです」
あらゆる言葉が肯定的で、マエストロの声や笑顔から伝わってくる明るいエネルギーは何かが爆発しているようでもあった。「宇宙」という言葉が何度も脳裏に去来する。全幕版日本初演の『アッシジの聖フランチェスコ』は、音楽は幸福になるために存在している、という信念を持つカンブルランの本質が表れた、巨大な愛の世界となるはずだ。
読売日本交響楽団
メシアン 歌劇『アッシジの聖フランチェスコ』
【東京公演】
会場 サントリーホール
日時 2017年11月19日(日) 14:00~
http://yomikyo.or.jp/concert/2016/12/572.php
日時 2017年11月26日(日) 14:00~
http://yomikyo.or.jp/concert/2016/12/606.php
【滋賀公演】
会場 びわ湖ホール 大ホール
日時 2017年11月23日(木・祝) 13:00~
http://yomikyo.or.jp/concert/2017/05/post-524.php
小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。
Column
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2017.11.18(土)
文=小田島久恵
撮影=佐藤 亘