いくつもの「無理」を越えた研究所の最終回答とは
何という注文の多さ。でも実は、さらに厳しい要望があったと、リサーチセンターの笹田かおりさん。
「昨今主流の保湿性のある口紅は、スティックに外壁がぴたりと沿って中身の折れを防ぐ造り(※1)になっています。これなら油分や保湿成分を豊富に入れても折れる不安が少ないのですが、湯浅は本体が独立して伸びて出てくる口紅らしい美しい造り(※2)にこだわって」
だがこのタイプの口紅は空気に触れる面積が広く、揮発成分が蒸発してしまうという問題を抱える。そこで研究所が追求してきた、揮発成分に頼らず色落ちさせない新技術と、保湿成分のため柔らかくなる口紅を折れないよう保つ工夫を完璧に両立させる必要があった。
「何度も、無理です! と言われましたね。でも、私には本当にお客様が今求めているものをかなえられるのは資生堂しかない! という自負と使命感があるんですよ。だからキッパリお願いしました。『資生堂の研究員としてのプライドを形にしてくださいっ!』って(笑)」
やがて……研究所からの渾身の回答があがってきた。混ざり合わない2種のオイルを使う画期的処方――色材とうるおいを含むオイル1の層は唇に密着し、オイル2のツヤの層は唇表面にしみ出て、下の層をコートするという世界初の技術だ。折れないための工夫については、6年前から着手していた、柔らかい口紅でもしっかり成形しつつ素材を自在にかたどれる特殊カプセル開発が間に合った。
「この成形法によって、最も柔らかさを感じつつ唇の厚みに沿って塗れる縦9ミリ面、唇の山や輪郭、口角が描きやすい先端のフラットカットが可能になったのですよ」
そこまで懇切丁寧設計に!?
「日本人って使い勝手の微差にも敏感じゃないですか。使い手が求めるなら、それに応じるのはメイド・イン・ジャパンの使命です!」
ゴクミの笑顔の裏にこんな気合と心配りが凝縮されていたとは。マキアージュ、恐るべし。
2012.03.13(火)
text:Keiko Watanabe
photographs:Nanae Suzuki / Hirofumi Kamaya