【BLで江戸文化を萌えながら学ぶ。】

 江戸が舞台のマンガといえば、故杉浦日向子さんが残した傑作群――葛飾北斎一家を題にとる『百日紅』、吉原を描く『二つ枕』、川柳を元にした『風流江戸雀』――などがあります。近年、寡作の天才と呼ばれる一ノ関圭さんの『鼻紙写楽』が単行本にまとまりましたね。

 杉浦さんはむしろ浮世絵をマンガに寄せた画風で、一ノ関さんは劇画の影響が強い画風。そしてまさかの少女マンガの画風で、男女逆転のSF徳川年代記『大奥』のカバーに青々とした月代を描き、それを見事に美青年として絵的に成立させたのは、同人誌出身のレジェンド・よしながふみさんと言えます。

長屋暮らしはワケあり愛あり

 先達のエポックな江戸マンガ星雲に連なる2010年代の新星が、紗久楽さわさんです。もしもあなたが歴女なら、江戸物BL『百と卍』から入ってみませんか? いや『百と卍』きっかけで江戸にハマる勢いだ。

 時は文政後期、元陰間の百樹は行くあてもなく浅草の駒形堂に佇んでいた。陰間とは客相手に男色を売る男娼の総称で、その姿はまるで捨てられた育ち過ぎの仔犬のようで切ない。しかし雨の日に通りがかった卍に出会い、運命が動き出す。卍と暮らす百は毎日が楽しくてしかたない。しかし卍は過去に闇を抱えているようだ。卍は卍で百の過去の想い人が気になるらしく。

 伊達男×元陰間カップルの江戸暮らしを彩る町並み、髷、着物など読者の目に映るすべての文物を、こだわりの時代考証で生き生きと描く作者の筆さばきは一筆ごとの息づかいが読み取れるほど繊細だ。マンガ家は見てきたような噓を描き……いや、優れた創造主は新たな江戸を紙面に構築する。

『百と卍』(既刊1巻) 紗久楽さわ

貧乏長屋で楽しい同居生活をおくる百と卍。彼らの日常を江戸情緒豊かに描く。過去は決して退色したセピア色じゃない。その時代を生きた人にとって江戸は目にも鮮やかな大都市だったはず。作者の描く色彩溢れるカラー絵の美しさにもうっとり。
祥伝社 680円
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福田里香(ふくだりか)
お菓子研究家。CREAで「R先生のおやつ」も連載中。『まんがキッチン おかわり』(太田出版)と文庫版『まんがキッチン』(文春文庫)が好評発売中。

Column

BLマンガ基礎講座

BLはボーイズラブの略。ざっくり定義を述べると「主に女性の読者に向けて描かれた男同士の恋愛をテーマにした作品」。実は名作が満載のこのジャンル、食わず嫌いはもったいない!

2017.06.02(金)
文=福田里香

CREA 2017年6月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

東京ひとりガイド。

CREA 2017年6月号

世界で一番楽しい街は東京でした。
東京ひとりガイド。

定価780円