ドイツ・ルネサンスの巨匠
クラーナハの日本初大規模回顧展
当時の人たちは、いったいどんな表情でこの絵を眺めていたんだろう。観た者同士が、どう感想を話し合ったのか。
そんな想像を強く搔き立てられるのが、16世紀前半に描かれたルカス・クラーナハの絵画。彼は創世記のイヴをはじめ、神話・宗教上の女性をよく題材にしたのだけれど、本来は偉大で崇高たるべき彼女たちの姿は、どうにもプロポーションのバランスを失っていたり、表情が妖しげだったりして妙な気分になる。
現代の私たちの目から見ると、少々グロテスクに思えてしまうのだ。いや、本当をいうとそこがまた、得体の知れないエロティシズムにつながっていて、ドキドキさせられるのだけれど。もっと、いかにも美しい女性像だって、クラーナハはもちろん描くことができた。描写技術としては、彼とほぼ同時代のミケランジェロやラファエロら巨匠にだって引けを取らないはず。けれど、彼が目指したものは、現実の引き写しとは少々違うところにあったよう。
ルネサンスといえば、ボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチらによるイタリアでの動きが中心だった。それが他の地域にも波及していって、影響はドイツにも及んだ。ドイツ・ルネサンスと呼ばれる美術潮流が生まれ、デューラーやクラーナハが躍動した。
イタリア・ルネサンスの芸術家たちは、理想の人体像を表現せんとして、実物の人間そのものを写し取ろうとした。対してドイツ・ルネサンスの面々はといえば、現実とのつながりをさほど重視せず、画面の中で最も映えるフォルムを追求した。そのためやたら細長く引き伸ばされた身体や、歪んだ表情が現れ出たというわけだ。
右:ルカス・クラーナハ(父)《正義の寓意(ユスティティア)》1537年 個人蔵
表現者としての精神を前面に打ち出した、史上初めての自覚的なアーティスト。それがドイツ・ルネサンスの画家たちだったといえる。その代表格たるクラーナハの大回顧展が、国立西洋美術館で開催されることとなった。大御所クラーナハの個展は、意外にも日本初という。
展示では、約500年前に活動した画家の画業の全体像をつぶさに追いかける。宗教改革を成したマルティン・ルターの盟友であったことや、その作品への影響など、世界史的な関心を大いに湧き上がらせてくれる構成なのもおもしろい。
各年代の代表作を網羅してあって、目を留めるべきポイントはまことに多い。でもやはり、《ホロフェルネスの首を持つユディト》のような妖艶な女性像が最も深いところにまで突き刺さってくる。心を完全に奪われてしまわぬよう注意を。
『クラーナハ展─500年後の誘惑』
会場 国立西洋美術館(東京・上野公園)
会期 2016年10月15日(土)~2017年1月15日(日)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.tbs.co.jp/vienna2016
2016.11.26(土)
文=山内宏泰