【KEY WORD:天皇陛下の生前退位】

 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る意向をもたれているというニュースが、大きな議論になりました。「生前退位」といわれるものですが、なぜこれほど騒ぎになっているのでしょうか。

 古代から近世にかけての皇室では、天皇が皇太子に位を譲るというのはごく普通におこなわれていました。その場合、天皇は「上皇」と呼ばれる位になります。しかし明治政府が国家の元首として天皇制を名実ともに復活させた時、上皇のような制度をつくると中世の南北朝のときのように政争のタネになりかねないと考えて、だから生前退位は法律に盛り込まれませんでした。

 とはいえ、82歳になられる天皇陛下がたくさんの公務をこなしていることに対して、「ゆっくりお休みいただければいいのに」と思われる方も多いでしょう。私もそう思います。

 ただ、生前退位を認めるためにはいくつかのハードルがあるのです。まず第一に、皇太子の問題。天皇陛下が生前退位されれば、いまの皇太子さまが天皇になられます。しかし皇太子さまには男のお子さまがいないので、皇太子が不在になってしまいます。弟の秋篠宮さまが皇太子になるか、いまの皇太子さまの長女愛子さまを皇太子にし、「女系天皇」を認めることにするか。いずれも大きな議論が必要で、すぐに決着する問題ではありません。

憲法違反にならないために必要なこととは

 もうひとつは、天皇陛下のお仕事の規定についての問題です。天皇は、国事行為だけをおこない、政治には関与しないことが憲法で定められています。しかし天皇陛下のご希望で生前退位の法改正をおこなうとなると、「天皇陛下が法律改正に関与した」ということになってしまい、これは憲法違反なのです。

 なかなか難しい、微妙な問題ですね。政府も生前退位ができるようにする方向で考えているようですが、これらの問題をクリアしなければなりません。とりあえずは「天皇陛下がそういうご意向である」ということを周知し、そのうえで国民的な議論が巻き起こることを政府は期待しているようです。そのうえでの生前退位であれば、「国民の希望に従って法律が改正される」という建前を保つことができますからね。

 さらにつぎの皇太子をどうするのかという議論もしなければなりません。しかしこれは時間がかかり、かといって天皇陛下もご高齢なので、すみやかに話を進めなければなりません。どのような落としどころをつくるのかが難しいところです。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2016.08.05(金)
文=佐々木俊尚