シタラというキャラクターの素晴らしさ
――登場人物たちの感情表現について伺わせてください。過酷な運命を背負った女性たちを描く中で、目線の動きや些細な仕草の演出において、監督がこだわられたポイントは何でしょうか。
人と話すときに、相手の目をまっすぐ見て話す人なのか、それとも目線を外して空を見上げながら言葉を紡ぐ人なのか。そうした視線の向け方ひとつで、その人の性格や相手との距離感、心の内側にあるものがまったく違って見えてきます。それはキャラクターを描いて行く上でとても大切なことだと考えています。
――特に主人公のシタラは、表面的には飄々と明るく周囲と打ち解けながらも、心の奥底には故郷を滅ぼされ、大切な人々を奪われた深い怒りと復讐心を秘めています。その二面性を映像としてどう表現されたのでしょうか。
シタラという女性の最大の魅力は、心の中に奪われてしまった大切な故郷・ペルシアの思い出と怒りを絶対に手放さずに持ち続けながらも、同時に、自分が連れてこられたモンゴルの文化や人々の道理に対しても、敬意を払い、素直に受け止めることができる柔軟さを持っている点です。モンゴルの人々と接して「あ、この考え方は素晴らしいな」と感銘を受けたり、美味しいものを食べて笑顔になったりする。その直後に「いやいや、いけない。私は彼らを憎まなければならないのに」と自分で軌道修正をかけたりもする。彼女はどんな境遇にあっても、学ぶこと、気づくこと、知ることを決してやめない人なんです。ですから、彼女の表情を演出するにあたっては、「常に復讐の恨みを滲ませておく」ような描き方はあえてしませんでした。本当に楽しい瞬間は、心から楽しそうに笑っている姿を描く。その時々でくるくると表情や印象が変わるからこそ、シタラという人間が生き生きと魅力的になりますし、だからこそ彼女がふと見せる哀愁や決意の重みが際立つのだと思っています。
――劇中でシタラが、復讐の憎しみを忘れてしまう瞬間があることの悲しさを吐露する場面があり、胸を締めつけられました。
何年もの長い歳月を生きている中で、どれほど過酷な運命の中にあっても、美味しいご飯を食べてほっとする時間や、誰かと笑い合う時間も確かにあったはずなんです。そうした喜怒哀楽の振れ幅をそのまま描くことが、彼女の生きてきた時間を肯定することにつながると信じていました。
ナレーションの声が大人びている理由
――音響面や声優陣の演技についてもお聞かせください。本作では独特の語り口を持つ「ナレーション」が物語を力強く牽引していましたが、どのようなディレクションが行われたのでしょうか。
本作のナレーションは、「大人になったシタラが、かつて起きたこの壮大な歴史の物語を誰かに語り聞かせている」という体裁を取っています。そのトーンや距離感をどこに落とし込むかについては、音響チームやAbel監督たちとさまざまなパターンを試行錯誤しました。子どもに本を読み聞かせているような優しい語り口なのか、それとも夜の草原で焚き火を囲みながら、集まった大人たちにしみじみと語り継いでいるような雰囲気なのか。あるいは、誰に聞かせるでもない独り言のようでありながら、特定の誰かの面影に向かって語りかけているのか。アフレコの現場でディレクションを重ねながら、あの独特の深みと落ち着きを持った、素晴らしい語り部の声色が完成していきました。
――監督ご自身、視聴者の反応で印象に残っているものはありますか?
直接感想をうかがったり、SNSなどで視聴者の方々の感想を拝見して、その熱量の高さに本当に驚かされました。歴史というジャンルに対してこれほど多くの方々が深い関心を持ってくださり、しかもみなさん非常に博識で、当時の習慣や地域ごとの文化の違いについて活発に考察してくださっていて。「観てくださる方々から、私たち自身がまた新しく学ばせていただいているな」と、とても刺激を受けました。
――本作はNetflixなどを通じて世界中に配信され、国内外から非常に熱量の高い反響が寄せられています。海外のファン、特に舞台となったイスラム圏やモンゴルにルーツを持つ方々からの反響も大きかったようですね。
そうなんです。イスラム圏の方やモンゴルの方々が、ご自身の文化や歴史がアニメーションとして描かれていることに対して、熱のこもった感想を寄せてくださっているのを目にして胸が熱くなりました。私たちがこの作品を作る上で何よりも大切にしていたのは、「登場するすべての文化や人々に対して、最大の敬意を持って描く」ということでした。その敬意の姿勢が、国境や宗教を越えて現地の当事者の方々にもしっかりと届き、好意的に受け取っていただけたことは、制作陣として何よりの喜びであり、救いでもありました。
――立場や境遇の異なる女性たちが、陰謀や暴力ではなく「知恵と学問」を媒介にして心を通わせ、手を取り合っていく姿に、現代を生きる多くの女性読者・視聴者が深いエンパワーメントを感じています。
13世紀と現代とでは、生きる環境も社会の仕組みもまったく異なります。ですが、先ほどもお話ししたように、喜怒哀楽を持った人間であるという根本は変わりません。現代とは違う当時の価値観のまま描いているからこそ、「自分たちとは違う価値観を知る面白さ」を感じていただけたり、あるいは時代を超えて「知恵を身につけ、自分の頭で考えることの大切さ」に共感していただけたのかなと思います。見る方によって共感するポイントも違えば、時には理解しきれない部分もあるかもしれませんが、その違いや多様な受け止め方を含めて、この作品を楽しんでいただけていたら嬉しいですね。
