黄金旅程が繋いだ縁

 わたしは七年ほど前から競馬にはまっており、調教師角居勝彦の話にも興味津々だったのだ。

「ぼくは浦河の生まれなんですが、周りが馬だらけで、馬が嫌いで、子供の時の夢は馬のいないところで暮らしたいってことだったんですよ」

 そう言うと、角居さんは驚いた。競馬関係者には浦河というだけで話が通じるのも嬉しい。

「それがなんの因果か、競馬にはまっちゃって。今は週末はどこにも出かけずにテレビの前で競馬観戦だし、夏は浦河で過ごしてるんです。放牧地にいる馬を見ながら、いいなあなんて言っちゃったりして」

 わたしと妻はステイゴールドという馬に魅了されて競馬にのめり込んだ。稀に見る気性難の馬で、関係者は大いに悩まされたのだが、ラストランとなった香港で、初のGⅠ勝利を収め、種牡馬となってからは、オルフェーヴルやゴールドシップといった個性的な名馬を送り出した。『黄金旅程』という書名は、その香港でステイゴールドが走った時に、香港側の主催者が彼につけた漢字名なのだ。

「うちの牧場に黄金旅程の子供がいますよ。見ますか?」

「もちろん」

 わたしは即答した。黄金旅程―ステイゴールド産駒のレッドアルティスタがここに繋養されていることは知っていた。

 放牧地へ移動して、小雨の降る中、草を食む馬たちを眺めた。

「あれ、カウディーリョじゃない? こっちはカテドラルだ」

 数年前まで、現役で競馬を走っていた馬たちだ。顔と名前はすぐに一致した。

 現役のサラブレッドは、たいてい、気が立っている。きつい調教を施され、命懸けで競馬を走らされるのだ。実際、競走中に命を失う馬もいる。

 だが、苦役から解放された馬たちの顔は総じて穏やかだ。もう、全力で走る必要はない。食べて寝て、気が向けば駆けて。それで一日が終わる。

「あれがアルティスタですよ」

 角居さんが一頭の馬を指さす。鹿毛のイケメンだ。レッドアルティスタもまた、穏やかな表情だった。父親の面影はどこにもない。

 ちなみにステイゴールドは現役を引退した後でも、穏やかとはほど遠い馬生を送った。なにせ、死因が大動脈破裂だ。そんな死に方をする馬など、他に聞いたことがない。

「幸せそうだな、アルティスタ。ここに来られてよかったな」

 わたしはレッドアルティスタに声をかけた。

 三十分ほど、雨に打たれながら馬たちを眺めていただろうか。そろそろ時間切れだった。金沢に戻って新幹線に乗らねばならない。

 ペットホテルに預けている愛犬のアイトールが首を長くしてわたしの帰りを待っている。

「能登の復興が進んで、ここにたくさんの人が訪れる日が早く来ることを願ってます」

 わたしは角居さんに言った。

「また来ますね。今度はもっとゆっくり滞在できるようにします」

 角居さんと固い握手を交わし、我々は牧場を後にした。

 かくして、灯台プラスアルファを巡る二泊三日の旅は幕を閉じた。

 慌ただしくもあったが、充実してもいたように思う。

 灯台とサラブレッドがセットになるなんて、他の小説家じゃありえないんだろうな。

 わたしらしくて良いのではないか。(了)

大野灯台(石川県金沢市)

所在地 石川県金沢市大野町4丁目
アクセス 「からくり記念館」バス停から徒歩約10分
灯台の高さ 26m
灯りの高さ※ 34.34m
初点灯 昭和9年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつないでいきます。そして、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業です。
https://toudai.uminohi.jp/

「海と灯台学ジャーナルvol.1」創刊

灯台を通じて海と人の関係を学術的かつ創造的に探究する「海と灯台学ジャーナルvol.1」が創刊されました。第一号は「灯台と旅・観光」をテーマに、国内外から集まった20を超える寄稿文を掲載しています。当ジャーナルは「海と灯台プロジェクト」公式WEBサイトからPDFにて閲覧可能です。ぜひご覧ください。

オール讀物 (2026年7・8月号)

定価 1,500円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)