ピカソの軌跡を16セクションで展開

 会場は16の展示室で構成され、ピカソの歩みに緩やかに沿って約80点の作品を紹介する。

 最初の展示室00「トロンプ・レスプリ(精神を欺くもの)」で来場者を迎えるのが、自転車のサドルとハンドルを組み合わせた《牡牛の頭部》だ。

 ポール氏は「私たちが見ると、単なる自転車のパーツに見えますが、ピカソのように異なる視点や想像力を持つことで、アートへと変わります」と説明。作品を多角的な視点で楽しんでほしいと話した。

 続く01「『ヴォーグ(流行)』中の芸術家」の部屋では、1951年の雑誌『ヴォーグ・パリ』にピカソが線を描き加えた作品を紹介。ウェディングドレス姿の女性の写真に加えられた線は、ユーモラスでありながらどこかグロテスク。ピカソの遊び心が感じられる作品だ。

 ピカソは幼い頃から雑誌や漫画を愛読しており、13歳のときには自ら雑誌を制作したという。さらに、書物のページに直接絵を描き込むこともあったという。

 02「青の憂鬱」の部屋では、親友を失ったピカソの「青の時代」に焦点を当てる。当時のピカソはアトリエを共有していた親友を亡くし、深い悲しみと孤独の中にあったという。

 ポール氏は、その心情を空間全体で表現するため、展示室の天井をあえて低く設計。さらに床には絨毯を敷き、来場者の足音が響かないよう工夫した。静寂に包まれた空間の中で作品と向き合うことで、当時のピカソが抱えていた閉塞感や憂いをより身近に感じることができる。

 その先に現れるのが、鮮やかなバラ色に彩られた03「バラ色の女性たち《アヴィニョンの娘たち》への前奏曲」だ。青を基調とした空間から一転、明るい色彩に包まれた展示室は、ピカソの心境の変化を感じさせる。

 展示されているのは、《アヴィニョンの娘たち》(1907)の習作群など。1906年頃から女性像を中心に、形態や空間の単純化を追求していたピカソは、イベリア美術やアフリカ美術からも着想を得ながら、新たな表現を模索した。

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