2025年末に短編映画『外と』を公開した映画監督の金子由里奈さん。映画プロデューサーの二井梓緒さんとのコレクティブ「OK project」による新作『外と』は発売初日に完売、1月にはアンコール上映を果たし、5月には京都の出町座、6月13日~19日に下高井戸シネマ(20:30~)、7月に菊川のストレンジャーと、徐々に広がりを見せている。
そんなOKプロジェクト、そして金子さんは映画作りの仲間を探しにこの5月、1台の「写ルンです」と一緒にカンヌ国際映画祭へ出かけてきました。地中海に面する世界有数の高級リゾート地でもあるカンヌ。“視線人”を自称する金子さんと27枚のフィルムはどんな風景を刻んできたのか。エッセイとともに振り返ります。
「私たち、海を越えます!」13時間のフライトでカンヌへ
ひさびさの写ルンです、お菓子みたいにかるい。高校生の時とか、あと、休学してパリに遊びに行っていた時も写ルンですを持って行っていた。いま、目の前の光景を撮るのだと、宣言するようにダイアルを回し、爪を鳴らすような小さい間の抜けた音で、撮れたんだと信じる、そういうのが面白かったのを思い出す。
今回、その写ルンですをカンヌに持ってきている。映画祭の会場から徒歩20分ほどのエアビーに泊まることになっていた。出発の数日前、一緒に行くプロデューサーの二井梓緒さんからLINEが来た。同じようにカンヌに行く、寺の息子が泊まるところがなくて困っているらしく、リビングのソファを使わせてもらいたいとのことだった。誰? と思ったけれど、「寺の息子を助けましょう」と返信をした。
国際線は苦手だ。何もわからないという気持ちになる。何時間前に行けばいいのかもよくわかっていない。3月にワークショップのためにハンガリーに行った時も、苗字と名前を逆で航空券の予約をしてしまい、変更の手続きで身体が熱くなりつらかった。空港の無機質な感じとか、寒いんだか暑いんだかわからない感じが混ざって、いつもさみしくなる。
空港に着くと、二井さんの色とりどりなリュックが見えた。私たちには今日達成しなければならないミッションがある。カンヌ後、一週間も経たないうちに京都・出町座での上映を控えているので、上映素材を出町座に送らないといけない。
空港のポストから祈りながら送る。こういうのを写真に収めればいいのだが、祈りが先走っていたので手がリュックの中に伸びてこなかった。
荷物検査を終えると、二井さんが「私たち、海を超えます!」と、その飛躍がおかしくなって、ふたりしてしばらく笑う。
私と二井さんはOK projectというコレクティブで、映画制作のためにバタバタと身体を動かしている。『観測者たち』という長編企画が、ユニジャパンのフィルムフロンティアに採択され、企画開発費がもらえることになった。それだけじゃなくて、年に2回、海外映画祭のマーケットへの支援もある。その支援を得ながら、伴走者のアドバイスを受け、カンヌ国際映画祭のマルシェ・デュ・フィルム(映画見本市のこと)に参加することに決めた。
去年の今頃は、映画の準備が水面下すぎて息継ぎしたくて、演劇をやったりした。10月には音楽劇をやって、11月には新作短編を作った。必死に楽しく泳いでいた。その一年の持続にいまもいる。
13時間のフライト。飛行機の中に、散歩コースとかランニングマシンとか作ったらいいのに。ぶつぶつと文句を言い出す血流をなだめるために、たまにトイレに行ってストレッチをする。張り付いた肩甲骨に申し訳程度の風が通り過ぎる。ていうか、こんなに長いのは中東の上空を飛べなくて遠回りをしているからである。戦争反対。暇つぶしに、見れてなかった映画を4本見た。パリに着く。乗り継いで、今度はニースに向かう。
着いた時刻は20時とか。夜なはずなのにずいぶん明るい。駅から運んでくれたウーバーの運転手はこの土地の周波数でラジオを流し、この土地にしか響かない鼻歌を歌っている。微かに覚えているフランス語を披露して「Je suis fatigue(疲れた)」。寺の息子はもうエアビーに着いているらしい。
エアビーの近くに着いて、どんよりとした坂を大荷物を引きずりながら登る。その先に、水色にめかし込んだ建物が見えてきて、ここが私たちが泊まる場所だ。
寺の息子という響きから、なぜか10代の青年を想像していたが、石田さんはだいぶ年上だった。石田悠介さんは、二井さんプロデュースの平野歩夢を追ったドキュメンタリー「AYUMU」の監督さんでもある。「はじめまして」は石田さんにも泊まる部屋にも言ってみて、わたしたちの共同生活、10日間のカンヌ合宿が始まった。
