杵築の夏
ハーンはかねて西田と夏休みの「漫遊」を計画し、7月26日から、その最初の逗留地と決めていた杵築の稲佐(いなさ)の浜に来ていたが、2日後にセツが加わり、結局、8月10日まで杵築の地に滞在した。この杵築滞在の初めの時点で、ハーンとセツの関係が充分に成熟していたことは、次の一事から察することが出来るであろう。それは2人の長男の一雄が、父ハーンの語ったこととして伝えているエピソードである。セツが「来てくれ」というハーンの手紙を受けて、稲佐浜の養神館(ようしんかん)(因幡屋別館⦅いなばやべっかん⦆)に着いた時に、ハーンは海岸に出ていたが、彼が宿に戻り階段を上がって来るところを、セツが階上から「優しい清い微かな声」で、「アナタ」と呼びかけたということであり、その時、セツが来ているとは思わなかったハーンには、あたかも、セツの魂が抜け出て来ているように思え、また「女神」であるかのように感じられたというのである(「亡き母を語る」)。
その日2人は、西田から離れて因幡屋本館に移ったが、そこの養女で、ハーンから「宿のきれいな娘」と呼ばれた17、8歳のタニは、ハーンがセツを人力車から抱いて下ろすという、当時の日本人には信じ難い光景を見て、晩年まで忘れなかった(梶谷泰之『へるん先生生活記』)。疑いもなく、この時点で2人は、お互いに幸福であったのである。
その昔、セツの曽祖父で歌人であった真種が、千家俊信の娘と結ばれた杵築は、セツとハーンが夫婦の結合を完成させる舞台ともなった。出雲大社の大鳥居近くには森山家(もりやまけ)があり、トミの養家の高浜家からシンという女が嫁いでいた。また、森山家と縁続きの医師で英語を話す西山関一郎(にしやませきいちろう)が、因幡屋に来てハーンと談じているという(『大社の史話』五三号)。さらに、少し離れた日御碕(ひのみさき)には日御碕神社があり、その宮司を務める小野男爵家は、セツの実母方の従姉であるせい(金篇に斎と書く)子の嫁ぎ先であった。2週間、杵築に滞在する間に、2人の関係は、夫婦となったことを、そうしたセツの縁者たちに披露できるところまで熟するに至ったものと思われる。あるいは、こうした縁者たちとの接触の機会がある役割を演じて、すでに内で熟していた関係が、外部に明らかにしてという意味での「結婚」の形をとって、固められたと言えるかも知れない。
