NHK連続テレビ小説『ばけばけ』が、2026年3月27日に最終回を迎え、約半年の放送が終了した。小泉八雲と妻セツをモデルにしたこの作品では、「ラシャメン(洋妾)」差別や国際結婚の難しさが描かれたが、実際のセツもまた当初は「妾」と見られていた。それを覆したのは、八雲が示したセツへの深い愛情だった。

 歴史家・長谷川洋二の著書『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)をもとに、八雲がセツに注いだ濃厚な愛の記録をダイジェスト版でお届け。


“ヘルン氏ノ妾”が“せつ氏”に変わるまで

 八雲(本名ラフカディオ・ハーン)は、かつてアメリカで年下の混血女性と結婚し(州法で非合法)、まもなく破綻を経験した苦い過去を持つ。そのため新たな結婚には慎重だったが、セツとの関係は松江から杵築へと旅する中で急速に深まっていった。

 杵築・稲佐浜の宿に先に着いていたセツは、海から戻ったハーンが階段を上がってくると、「優しい清い微かな声」で「アナタ」と呼びかけた。思いがけない呼びかけにハーンは、セツの魂が抜け出て来ているように感じ、「女神」のようだと思ったという。宿の養女タニは、ハーンがセツを人力車から抱いて下ろすという当時の日本人には信じ難い光景を目撃し、晩年まで忘れなかった。疑いもなく、この時点で2人は、お互いに幸福であったのである。

 二人が夫婦として周囲に認められたことは、八雲の親友・西田千太郎の日記に如実に表れている。日御碕のセツの縁家を3人で訪れた8月7日の夜、西田はそれまで「ヘルン氏ノ妾」と記していた表記を、以後一貫して「せつ氏」と書き改めたのだった。

 ハーンはアメリカの友人ペイジ・M・ベイカーへの手紙でセツとの結婚を報告し、「国籍法上の問題があるため、ただ今のところは、ただ日本風に結婚しているということです」と述べた。そして別の親友ヘンドリックへの手紙には、「私の家庭生活は、この上なく幸福なものとなり」と記した上で、「妻を女王のように着飾らせている」とも書いているが、女中の八百は、後年この頃を回想して、「節子さんは終始日本服で、髷は丸髷(まるまげ)、実に立派な奥様ぶりで大層先生の気に入っておりました」と語っている。

 セツもまたハーンに尽くし、彼の目の病のために代参を頼んだり健康に気を配ったりした。1年後に「着物が小さくなってしまった」と言うハーンに、セツは「良い奥さんを持ったからだわ」と応じたという。

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本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

〈「ばけばけ」より断然濃厚〉【小泉八雲、18歳年下妻セツへの愛情表現】妻は「女神」。人力車から抱いて下ろし「女王のように着飾らせている」と綴って…

長谷川洋二

歴史家、八雲会会員。1940年新潟市生まれ。新潟大学人文学部で史学を専攻、コロンビア大学のM.A. 学位(修士号1974)・ M.Ed. 学位(1978)を取得。一時期会社員、前後して高等学校教諭(世界史担当)。旧著『小泉八雲の妻』(松江今井書店、1988)のほかに『A Walk in Kumamoto:The Life and Times of Setsu Koizumi, Lafcadio Hearn's Japanese Wife』(Global Books, 1997)、『わが東方見聞録─イスタンブールから西安までの177日』(朝日新聞社、2008)がある。

八雲の妻 小泉セツの生涯

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