川久保玲に誘われてパルコに出店

近田 パルコに出店するに当たっては、何かきっかけがあったの?

こぐれ もともと、その売場には「コム デ ギャルソン」があったのよ。そこを引き払うことになった川久保玲さんが、「私たちは出るから、ここに入らない?」って誘ってくれて、お店を開くことになった。

近田 川久保さんは、俺の最初の妻である近田まりことも仲がよかったのよ。一生懸命、自動車教習所に通って免許を取った川久保さんが、中古のカリーナに乗って、当時俺らが住んでた恵比寿の部屋まで遊びに来たことを覚えてるよ。

こぐれ いざ店を出したはいいけど、売れなくってね。いっつも、パルコの担当者から、「どうして売れないんですか?」って電話がかかってきたものよ。

近田 やっぱり大家ってのは、常にテナントの売り上げを気にかけてるもんなのね。

こぐれ 結局、パルコからは撤退して、原宿の路面店に引っ越した。

近田 表参道のキデイランド近くの角を曲がって、今、「原宿餃子樓」がある突き当たりを左に折れたところだっけ。

こぐれ そうそう。そこがまた、あんまり儲からなくってね。世の中の洋服屋さんは、どうやって稼いでビルまで建ててるんだろうと不思議でしょうがなくって(笑)。

近田 売れてるところとは何が違ったんだろう?

こぐれ ズバリ、営業力だと思う。

近田 即答だね(笑)。

こぐれ それで、原宿の店も3、4年で閉めちゃって、1985年で洋服屋は辞めたの。

近田 2CVのOGは、その後、それぞれいろいろな形で活躍してるよね。その代表格が、独立後にモデル、スタイリストを経て、現在はジュエリーデザイナーとして「CASUCA」というブランドを主宰する安野ともこ。

こぐれ 安野は才能があったわね。それに加えて、たゆまぬ努力家だった。あと、何と言っても美人だし。今考えれば、2CVは、もう少し安野に権限を委ねておけば続いたかもしれない(笑)。

近田 安野ともこは、次回、この連載にゲストとして登場いたしますので、読者の皆さまはぜひご期待ください。

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