書籍で初めて明かされた衝撃的な事実
――書籍では、「自宅でお父さんがお姉さんに投薬をしていた」という衝撃的な事実も明かされます。
姉が大学を卒業した1990年代、父が台所で姉のお茶だけに透明の液体を入れているところを見たんです。父親に尋ねたんですが、それには一切答えなかった。で、2001年から撮影を始めたんですが、最初は怪しまれないように家族の行事ごとを中心に撮っていました。だけどそれじゃあ核心に迫れないということで、その数年後に「この20年間、一体何をしていたんだ」ということを両親に聞き始めたんです。
撮影しているときには何も答えないんですが、カメラが回っていないときに薬のことを聞くと「向精神薬を使っていた。けどもう使うのはやめた」と言っていました。ただ撮影を始めてからも投薬するような動きはしていたから、やめたというのが本当かどうかはわかりません。その瞬間を撮ろうとすると父は液体を入れる動作をしません。つまり撮られてはいけないことだとは認識していたんですよ。結局映像には残っていなかったので、映画ではそのことを提示するのは諦めました。撮れていないことを文字で出しても説得力がないですから。
大学生の頃、両親との口論の最中に僕の片頭痛が酷くなったときに母が見たことのない薬をくれたんです。でもそれを飲んだら鎮痛剤とは明らかに違う、意識をぼんやりさせるような効果があった。だからあれが向精神薬じゃないかと推測しています。それ以来、両親から薬をもらうことは一切やめました。
――お父さんが投薬していたということは、お姉さんが精神疾患を抱えていることを内心では認めていたということですよね。
そう考えられますね。今回の書籍で否定的な反応が出るとしたらここだと考えています。というのも両親がやっていたことは複数の法律に違反しているんですよ。病院に行かせないことや南京錠で半監禁状態にしていたこと、それに加え処方箋もなしに薬機法に違反するような投薬を行っていた。本人が薬を飲まされていることを知らないわけですから、人権的に問題がありますよね。
ときに逃げることは必要である
――もし自分と同じような立場にいる人からアドバイスを求められたら、どのように答えますか?
実は結構求められるんです。その際には「家族が全部を抱え込む必要はない」とお伝えしています。みなさん責任を感じてなんとかしようと考えるのですが、自分の生活を犠牲にしてしまうと結局続かない。なので自分の生活を守ったうえで、できる範囲のことをやるという意味で、逃げるという選択肢があってもいいと思うんです。実際、僕は10年ほど逃げていましたから。
あと僕が統合失調症家族のメーリングリストや電話相談などを使っていたように、ひとりで考えるのではなく、アンテナを広げて情報を集めるのも手だという話はしています。
――書籍でも小説『ゲド戦記』を引き合いに出して、ときに逃げることは必要であると記していましたね。
『ゲド戦記』は、苦労のどん底を味わわなきゃわからないようなことが書かれているように思うんです。著者のル゠グウィンさんがどうしてこんな本が書けるのか不思議なんですよね。日本語翻訳も素晴らしいです。
