嫌いな男を刺し殺すトスカは悪女?

イタリアの「激しい女」を日本人のソプラノが競演。ドラマティックな表現力で観客を魅了する。

――『トスカ』で、息をのんで見入ってしまうのは、2幕で追い詰められたトスカが、襲いかかってこようとするスカルピアを短剣で刺して殺してしまうところです。演劇的にもすごいテンションだと思いますが……。殺人というトスカの行為についてはどう考えておられますか?

野田 だって……嫌ですよ。ただ嫌なんじゃなくて、とても嫌。嫌でしょう? 受け付けないですよ。ダメでしょう?

――確かに(笑)。愛する人は別にいるわけですし。

佐藤 トスカが一途で信心深い女性であるということも、殺人のシーンには込められていると思うんです。「神が全部見ているから」という自信のようなものがあるんですね。だから最後、トスカがサンタンジェロ城から飛び降りるときも「スカルピア、神の御前で!」と言って死ぬんですが、ただの絶望ではなく、先がありそうな気配がある。「うらめしや」ではなく、後日談がありそうなんです。神の裁きを待ちましょう、どっちが正しかったのかしら? っていう。

野田 そこがまた、トスカの生い立ちとつながってくるんですよ。教会で育っているから、神を畏れるけれど、近しい存在なんです。神社でよく遊んでいた子が守られる……という言い伝えに近いですね。

――そう考えると、トスカが殺人を行う直前に歌う「愛に生き、歌に生き」はとても切ない歌にも聴こえます。

野田 そうなんです。あの歌にはプッチーニの別の短編『ジャンニ・スキッキ』でラウレッタが歌う「わたしのお父さん」に似た感覚もあります。「お父様、なんでこんな目に遭わされるの? ポンテ・ベッキオから身を投げます」という、おねだりの歌ですね。半分芝居がかっているんですけど……。

佐藤 トスカのあの唯一のアリアは、相当ハードな演技のあとにやらなければならないので、スタミナを残しておかないと大変です。曲も突然出てくる感じですよね。もしかしたらリコルディ(楽譜出版社)から「アリアをひとつ入れてくれ」と頼まれて、プッチーニは無理やり入れたのかも知れない。前後で手加減するのは気持ち悪いんですが、どうしてもこの唯一のアリアのために体力を温存しておかなくてはならないんです。

――なるほど。そしてトスカの最後はドラマティックな投身自殺です。色々なトスカが色々な落ち方をしていますが、今回の馬場紀雄さんの新演出ではどのようなラストになるのでしょうか?

野田 ラストは内緒。

佐藤 これは言っちゃったら……。

野田 そうね。そうね。

佐藤 どこまで高められるかが我々の演技力にかかってきているので、こわいですね。

――やはり内緒なんですね。

佐藤 墜落は、乞うご期待です。

――そうですか……! ぜひ、観に行きます!

藤原歌劇団公演『トスカ』
会場 東京文化会館大ホール
日時 2016年1月30日(土)14:00~ 野田ヒロ子出演
   2016年1月31日(日)14:00~ 佐藤康子出演
URL  https://www.jof.or.jp/performance/1601_tosca/

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

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2016.01.27(水)
文=小田島久恵
撮影=佐藤 亘