【KEY WORD:スマホと新生活】
信州大学の山沢清人学長が入学式で、「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」とお話しになられたことが話題になっています。学長はこうも語られています。
「この信州でもモノやサービスが溢れ始めました。その代表例は、携帯電話です。アニメやゲームなどいくらでも無為に時間を潰せる機会が増えています。スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません」
たしかに「スマホ中毒」になってしまって、一日中ゲームをやったり、フェイスブックやLINEでしょっちゅうメッセージを確認し、「いいね」を押しまくったり……という人はけっこういます。こういう依存は知性や独創性に毒というのは確かにその通りだと思います。
ただスマホがすべて毒かというと、決してそうではありません。インターネットが世界を覆い、さまざまな情報が瞬時にやりとりされるようになって、私たちの知は大きく開かれました。海外の文献や過去の書籍データなどを手間をかけずに手に入れられますし、これまではつながることのなかった情報どうしがリンクやシェアで結びつけられるようになって、新しい知も生まれてきます。
私のようなジャーナリストの仕事にも、ネットの知は大きく寄与しています。なにかの原稿を書こうとしたとき、以前は下調べに膨大な時間がかかりました。過去の雑誌記事を確認するために世田谷区のはずれにある大宅壮一文庫におもむき、資料となる絶版書籍を探すために神田神保町の古書店街や図書館を足を棒のようにして歩き回り、新聞記事データベースを調べるために国立国会図書館に行き……。しかしいまは、こうした下調べの多くは、インターネットの検索エンジンを使うことでほとんど瞬時にすんでしまいます。
たとえば1本の原稿を書くのにかけられる時間が仮に3日あったとすると、以前ならそのうち2日は下調べに時間を割かれ、分析や考えをまとめたり発展させたりする時間は1日しかありませんでした。しかし私の感覚で言えば、いまは下調べだけなら3日のうち半日足らずですんでしまう。残りの2.5日は、論考や分析に投入できるようになったのです。おまけに、図書館や古書店で調べていたころよりもずっと濃密で幅広い情報をネットで入手できます。古書だって、たいていの本はアマゾンのマーケットプレイスか「日本の古本屋」で手に入ってしまいますからね。
ネットは「知の土台」を底上げしてくれる強力なツールになったということなんですよ。
もちろん、マイナスもあります。検索エンジンを使って0.5日で下調べがすんでしまうということは、さぼりたいライターだったらその下調べの内容を適当にコピペしてチョイチョイとつなぎあわせ、原稿を簡単に作れてしまう。そして〆切までの残りの2.5日は、ゲームやったりLINEでダジャレ言い合ったり、遊んで過ごすことだってできるようになりました。でもまあこういうことをやっていて、その先に実りのある将来のビジョンが待ち受けているかと言えば……答は明らかでしょう。
ネットワーク力と情報力を磨く最強のツール
これは大学生でも同じことです。検索エンジンを使ってレポートを書けば手が抜けるからと安逸に流れ、空いている時間を暇つぶしに費やしていると、いくら単位をとれて卒業できたからと言って、「その先」は私はないと思います。
ネットワークと情報の交換こそが重要な価値を持つ現代の社会では、そこにパワーを発揮できない人は人材としての価値をつむぎだすことができません。情報力・ネットワーク力を磨ける最強のツールがすでに普及しているのにもかかわらず、それを使いこなすのに安逸に暮らしていると、いずれ痛いしっぺ返しを喰らうことになりますよ。
これからはネットワークと情報による格差社会です。かつてのテレビ・新聞の時代には、みんなが同じような情報を平等に得ることができました。インターネットの時代には、自分で情報を収集しなければなりません。良い人ともつながらず、怪しげな人とばかりネットワークしているとそういう情報しか流れてこなくなります。そして情報とネットワーク、それにコミュニケーションに向き合って前進していかないと、ただ日々ぼんやり暮らしているだけの人間になってしまう可能性がいたるところに潜んでいるのです。
佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/
Column
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2015.04.17(金)
文=佐々木俊尚