妻の内側に感じる海とマグマ「その激しさが嫌いじゃない」
――原作『たとへば君 四十年の恋歌』の中で本木さんの印象に残っている短歌を教えていただけますか?
永田先生の<扉の向こうが海だとでもいうように君はもたれおり昔も今も>という歌ですね。これは永田先生が50代に差しかかる頃に詠まれたものです。二人が揉めた後なのかわかりませんが、妻が寂しげにドアにもたれかかっている。その心の奥に、夫は果てない海を見ているような。海の表情って刻々と変わりますよね。穏やかに凪いでいるときもあれば、激しく波打つときもある。月の満ちかけがそうであるように、女性の本能が海とも連動しているというイメージが見えます。
私はどちらかといえば森派で、木々の葉が揺れるのを見るのが好きですが、彼女(也哉子さん)は海辺で寄せては返す波を見るのが好きですし、鏡のような湖の静けさにも惹かれるそうです。
一方で、内田裕也、樹木希林の娘としてのDNAか、彼女の中に流れるマグマの激しさも感じます。火と水が同居している。私は、怖いもの見たさに飛び込むみたいなところがあるんですよ(笑)。ですからそういう激しさが嫌いじゃないんです、きっと。
私には、どこか冷めた、人間に対する薄情さのようなものがあるから、妻の持つマグマの熱を浴びることでバランスが取れているのかもしれません。新婚の頃から、感情表現の薄い私に彼女は噛み付いてきましたが、ぶつかることで進めた部分もあると感じます。全く背景は違いますが、普段は温厚で冷静な永田先生も、病で壊れる妻を前に、耐え切れず感情を爆発させてしまったり、妻の膝で子供のように泣いてしまったこともある。
それでもなお、きちんと向き合った者同士には、見えてくる世界があるんだなということを、お二人から学びました。きっと、人生って、誰にとっても、時間が経てば澄み切ったものがちゃんと絞り出せるようになるのかな、と思わせてくれますね。
河野さんが闘病中に精神のバランスを崩してしまったときに詠んだ<あのときの壊れた私を抱きしめてあなたは泣いた泣くよりなくて>という一首は、今も、永田先生のお守りになっているそうです。
