だが、世に広く知られるようになってからというもの、パブリックイメージが独り歩きを始め、それを壊してはいけないというプレッシャーが彼女にのしかかる。そのあいだにも仕事は多忙をきわめ、睡眠時間も十分とれずにいた。やがて精神の安定が保てなくなり、拒食と過食を繰り返すようになってしまう。
撮影を中断し即入院
それでも誰にも相談できないまま、仕事を続けていた。ところが、『金田一少年の事件簿』の連続ドラマ第2シリーズ(1996年)の撮影中、虫歯が痛み出してスタジオ近くの歯科に駆け込むと、免疫力がよっぽど落ちていたのだろう、治療した箇所から黴菌が入って顔が腫れあがってしまった。撮影を中断し、病院で検査してもらうと、栄養失調や貧血などさんざんな結果が出て、即入院となる。
入院中は仕事のことは考えないようにしようと思ったのだが、テレビをつけると自分が映っていた。それまでの彼女は、周囲の人たちのために動いているという意識が強く、つらくてもみんなに迷惑をかけてはいけないと自分に鞭打ってきた。だが、テレビの画面を通して一見元気そうな顔をした自分を見て、《これじゃいけない。人のためじゃない、私のためにやらなきゃ意味がないじゃないか》、《そのためには、まず体を治して、ちゃんと元気にならなきゃいけない》と思い直したという(『婦人公論』1999年10月22日)。すると病院の食事も心からおいしいと感じられるようになった。
2週間ほどの入院中にはいろんなことを考え、いま自分が優先させなくてはいけないのは何よりも仕事だと思いいたる。俳優として立ちたいという思いが彼女の心のなかに芽生えた瞬間だった。
20歳になる直前には、つかこうへい作の舞台『犬を使う女』(1999年)に主演する。映像の世界でやっと自分なりにペースをつかめた頃で、ここで環境がまったく違う舞台をやるのには躊躇もあった。だが、ドラマでの表現にはある種の限界があるのに対し、舞台は果てしない世界のような気がして、不安ながらやってみようと思い立つ。
俳優を続けるうちに、必要とあれば感情が動かなくても涙を流せたり、技術でこなすようにもなっていた。だが、このときの稽古では、本当に気持ちからセリフが吐け、涙が出たり、笑いが止まらなくなったりと、心から動くことができて新鮮だったという。
文=近藤正高
