焼きものの町ならではの景色があちこちに広がる

 続いて訪れたのは、多くの訪問者が思わず足を止める土管坂。長さ23メートルの坂の両脇には、明治時代の土管63本と、昭和初期の焼酎瓶390本が埋め込まれており、唯一無二の景観が広がります。路面には、土管を積み重ねて焼く時に、下に置く「焼き台」(ケサワともいう)が敷かれており、滑り止めとして機能していました。

 常滑では、町のいたるところで、土管を土留めとして利用していたり、割れた陶器で壁を作っていたりなど、随所で焼きものの町ならではの生活の知恵を確認することができます。

 ランチは古い木造土管工場を改装して作られた「常滑屋」へ。こちらは常滑焼の器で知多半島の旬の野菜や新鮮な魚介を味わえます。この日オーダーしたのは、その時獲れる旬の地魚の漬けにたっぷりと大葉がのった「常滑ちらし」(1,650円)。この日の魚はキスでした。ちらし寿司を器がさらにおいしそうに引き立て、常滑の焼きものが日々の食を豊かにしてくれることを実感できます。

 ランチの後は、町のシンボルとして親しまれている巨大招き猫「とこにゃん」にも立ち寄りました。やきもの散歩道を見守るように鎮座し、訪れる人々をやさしく出迎えます。訪れた日は、2026年9月から開催されるアジア最大の総合スポーツの祭典「愛知・名古屋アジア競技大会」を盛り上げるため、期間限定でとこにゃんが威勢よく真っ赤に塗られていました。そんな遊び心からも、焼きもの文化を身近に感じることができました。とこにゃんは、町と訪れる人をつなぐ、大切な存在です。


 この旅で見えてきたのは、常滑焼が1000年続いた理由はひとつではない、ということ。時代の変化に対応する革新性と、伝統を未来へつなぐ人の力。この2つが両輪となり、町全体で焼きもの文化を支えていました。

 平安時代に日用品から始まり、その後は甕、近代には急須や土管、タイル、衛生陶器へと姿を変えて暮らしを支えてきた常滑焼。その歴史は、伝統を守るだけでなく、常に人々の生活に寄り添い、変化を恐れなかった「適応」の歴史でもあります。その精神は、ミュージアムの展示から、町の風景にまで、確かに存在していました。

 ぜひ、1000年の時を超えて今なお息づく“焼きもの文化”に触れる旅へ、出かけてみませんか。

次の記事に続く 【愛知県・常滑の焼きもの巡り】美しいフォルムにほれぼれ...