「早く撃ってくれ」の叫びで発砲

 これを見た進が、庭先の鍬で力まかせにクマを殴ると、クマは向かいの平賀熊雄宅へ向かって走り去った。このとき、騒ぎを聞いて駆けつけていた近所の窪田憲員(18歳)と鉢合わせをして、クマは窪田の額や胸をひっかいた。

 追ってきた平賀進が、鍬でクマの背中を殴ると、クマは熊雄宅へ乱入する。クマと顔を合わせた熊雄が屋根裏に逃げ込んだところ、鈴木梅吉宅へ移動した。クマは家を通り抜けて、裏の畑にいた遠藤義男(47歳)を襲い、頭や手、尻などに爪を立てた。遠藤は、頭を25針も縫う重傷であった。

 

 このころには、急報を受けたハンターの馬場義幸(40歳)がそばに来ており、馬場は、遠藤の「助けてくれ」という声で、慌てて3発を発砲した。うち一発だけが当たったが、クマは血を流しながら、馬場の太ももにかみついた。

 そこへ、やはりハンターの鈴木登(37歳)が駆けつけたものの、馬場はクマとからみ合っている状態で、なかなか銃を撃つ機会がない。馬場の「早く撃ってくれ」との叫びに、鈴木が3発を放ったが、いずれも急所をはずれたらしく、クマはいっそうたけりくるい、こんどは鈴木に向かってきた。鈴木が猟銃の台尻でクマを殴っても、クマは銃身にかじりつき、さらに鈴木の手にかみついた。

 そうして、間もなく鈴木梅吉宅に入っていった。これが午後5時40分ごろで、曇天のため、あたりはうす暗くなっていた。中からは、クマの暴れまわる音が聞こえてくる。しかし、取り巻いていた村の人びとは、なかなか中へ入っていこうとしなかった。クマに気おされていたのである。

 やがて、物音がしなくなったが、すでに暗くなった中を屋内に突入していくのは危険に思われた。「どうしたものか」と、あれこれ相談していた午後7時20分ごろ、突然、クマが縁側から外へ飛び出してきた。クマは、いったん包囲している人びとの方へ向かってきたが、相手側の大声にびっくりしたのか、すぐにくるりと向きを変え、暗闇の中をいずれかへ逃走したのだった。

 このクマは結局、捕獲はされなかった。立ち上がったときの背の高さは人間の大人と同じくらい、体重は90キロほどではなかったかといわれている。

» 「ヒグマとツキノワグマの間に生まれたクマ。生殖能力は…」野生で出会うことのない両種が動物園で共同飼育。そこで起きた“悲劇”と“はからざる実験”

クマの民俗誌

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