「世界中でテロや戦争が起きています」
また60年代後半になると、社会へメッセージを直接投げかけるパフォーマンスを試みるようになる。好んで行ったのは、街頭などで男女のヌードに草間が水玉を描くというボディペインティングのイベントだった。当時のアメリカでは、ベトナム反戦運動やヒッピームーヴメントが盛り上がり、物質文明への批判や人間性の解放といったテーマが若者の共感を集めていた。パフォーマンスを通じてアメリカの政策を批判し、性革命を訴える姿勢は、時代のラディカルな価値観と連動したものだった。そして今も草間は世界の平和について強い関心を抱いている。
「世界中でテロや戦争が起きています。指導者の人々は、人間の素晴らしさや宇宙の神秘性といった様々な問いかけを真摯に受け止めてほしいです」
しかし60年代末の日本では草間の意図はほとんど理解されず、「ニューヨークのハダカ教祖」といった皮相的な扱いも多かった。この種のバッシングは草間を長く精神的に苦しめることになった。
1973年、草間は16年に及んだアメリカでの活動に区切りをつけ、日本に戻る。帰国後はコラージュや版画を手掛けるいっぽうで、小説の執筆にも意欲的に取り組んだ。しかしこの時期の日本の美術界では、草間に対する関心は薄かった。
そうした状況に変化をもたらしたのは、国外での再評価の動きだった。大きな契機となったのが、1989年にニューヨークの国際現代美術センターで開かれた回顧展だ。この展覧会はフェミニズム批評の視点から草間の作品を捉え直し、再評価の基盤を作った。さらに1990年代に入ると、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館代表、ニューヨークの画廊での個展などが高い評価を得た。また1998年から翌年にかけてニューヨーク近代美術館、東京都現代美術館などを巡回した大回顧展は、「抽象表現主義からミニマル・アートへの橋渡しをした美術史上の重要作家」という評価を決定的なものにした。
21世紀に入ると国際展で作品を発表する機会も増え、草間は現代アートのトップランナーの地位に立った。
「私の頭のなかには百年あっても作りきれないほど膨大な作品のアイディアがある」と草間は語った。2004年頃から、その草間の絵画に大きな変化が生じ始めた。伸びやかなラインで描かれた具象的なイメージやジグザク模様、水玉。白地に黒のマーカーで描く『愛はとこしえ』の連作で始まった試みは、300点を超える『わが永遠の魂』の色彩豊かな連作へと発展した。
草間は現在も旺盛な創作活動を続けている。大きな机の上にキャンバスを平置きし、事務椅子に座って描き始める。筆の動きに迷いはなく、即興的に生まれたイメージが画面に躍動する。
「私はひたすらに自分の芸術の火を燃やしてきました。そして生きることと死ぬこと、人間としての生命観について自分の思想を開拓してきました。今はそれをもっと深く、もっと力強く立ち上げたいのです」と草間。生きることとアートとがダイレクトに結びついた比類なき世界。その躍動する宇宙は、これからも人々を魅了し続けるはずだ。
What is ART for You, Kusama-san?
「作品制作の時間を目一杯とりたい。
四六時中、命をかけた制作を全うするために
不眠不休の日々を送っています」
