街角のカフェが育んだ文学の灯

 昼間の喧噪の止んだ夕暮れ時のテージョ川沿いの通りをペソアは好んだ。抱える寂しさや、どこにいてもよそ者だという子どもの頃から拭えない居心地の悪さが、夕刻にこの辺りに漂う佇まいと重なって見えたからだ。異名・ソアレスは言った。「この辺りで夜の帳が下りるまで過ごすんだ、夜になると自分になれるから」と。

 バイシャ地区で仕事を終え夕闇を歩くペソアの抱えた孤独や寂寥は、だが、仲間たちとのカフェでのおしゃべりによって、一刻ではあっても軽減したに違いない。それに、仲間たちとの交流は、文学生活に活気をもたらしたはずだ。

 コメルシオ広場で印象的な看板を掲げる「マルティーニョ・ダ・アルカーダ」はペソアが亡くなる3日前に人生最後のコーヒーを飲んだカフェだが、ここは彼にとって、執筆の場、友情を確認する場、詩想と思想を実作に落とし込む場、創作のための「夕方の仕事場」だった。

 また、ペソアや若き芸術家や詩人たちがポルトガルの芸術時間をヨーロッパのそれに合わせようと試みたポルトガル初のモダニズム雑誌『オルフェウ』刊行のきっかけは、シアード地区にあった「カフェ・モンターニャ」でのおしゃべりだった。さらに、ペソアたちが開いたポルトガルモダニズムの聖地となったのが、同地区に1905年に創業したカフェ「ブラジレイラ」だった。

 いくつものカフェで積み重ねられた仲間とのおしゃべりは、ペソアの文学生活に重要な意味を持ち、そして彼の作品を通じてポルトガル文学に、ヨーロッパの文学に、世界の文学に、決定的な文学的価値を刻印したのである。

Café Martinho da Arcada(カフェ・マルティーニョ・ダ・アルカーダ)

ペソアが最後のコーヒーを飲んだ歴史的名店
リスボンの玄関口、コメルシオ広場のアーケード横に佇む「マルティーニョ・ダ・アルカーダ」は、1782年創業のポルトガル最古のカフェレストランだ。王政崩壊からカーネーション革命まで、240年超の激動を見つめてきたこの店は、ペソアが晩年毎日通った「夕方の仕事場」としても知られている。揚げたての牛ひき肉コロッケや定番菓子が並ぶ活気あるカウンターを通り過ぎると、外の喧噪が噓のような静寂のダイニングが広がる。カフェ利用から伝統的なポルトガル料理のディナーまで一日中楽しめるのでリスボン滞在中に一度は訪れたい店だ。ペソアが好んだのは、入り口から死角になる隅の4人席。現在、そのテーブルはペソアの「永遠の予約席」となり、街の歴史的遺産のひとつとして保存されている。

所在地 Pç. do Comércio 3, Lisboa
電話番号 218 879 259
営業時間 12:00~15:00、19:00~22:00
定休日 日曜
https://martinhodaarcada.pt/

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