又吉直樹さんが書き下ろした詠み句に、たなかみさきさんが絵を描き下ろした書籍『失恋カルタ』が話題となっています。

 失恋の喪失感や孤独感を掬い取った繊細な句と、かわいらしくて優しくもどこかちょっぴり切ない絵が魅力的なこのカルタは、当初、又吉さんの朗読会のグッズとして制作。そこから話題となって、新装した『失恋カルタ 藤色版』、そして書籍が発売されることになりました。

 今回は又吉さんとたなかさんに、カルタと書籍の制作について、さらにご自身の失恋談やモテについて語っていただきました。

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付き合えたならそれは「失恋」と呼ばない?

――失恋は悲しいことですし、人によってはかっこ悪い、一刻も忘れたいことでもありますけど、句とイラスト、そしてこれまでのお話からも、お二人は失恋に愛おしさを持っているように感じました。

又吉 今のところ、恋愛して失恋に至るまでがセットという人生を繰り返しているんです。だから僕にとって失恋は、日常っちゃあ日常で、スペシャルなことではないというか。むしろ創作や仕事の養分になってしまっています。「好きになった、けれどダメだった」ということから出た感情や出来事だから、作品にしたくなるのかもしれないですね。

たなか 私は恋愛が終わることを失恋だと思っていなくて、又吉さんの言う「日常」という感覚に近いです。一番近い距離にいた恋人から影響を受けて、今の自分の人格がある。そういう「地続きな感覚」を大事にしています。(その経験が)栄養になっているし、辛い思いをした質感は物作りには大事だと思います。

又吉 たなかさんのお知り合いが言っていたと聞いて、たしかにと思ったのは、「付き合えたのなら、別れても失恋じゃない。付き合えないことこそが失恋なんじゃないか」という言葉です。若い頃はそもそも「付き合えるわけがない」というのが前提にあったなと思い出しました。

――好きな人が自分を好きでいる。それだけで、実は相当な奇跡ですよね。

たなか そうですね。なのに、付き合えた当初の喜びより、失恋の悲しみのほうが質量的に大きくなるというか。大人になればなるほど別れが辛いし、そもそも「付き合い始める」ということ自体がわからなくなったりしますよね。

「一度の失敗が致命傷になる人もいっぱいいますからね」

――今、傷つくぐらいなら人と深く関わらないようにしようと思う方も増えている印象がある中で、たなかさんが「失恋が怖くても私は他者と深く関わりたいと思う」と書かれていたのも印象的でした。お二人は恋愛すべき、もしくはしたほうがいいと思われますか?

たなか 恋愛はすべきとまで強くは思わないんですけど、人とは関わりたいというか。私はいろんな人といろんな種類の関係性を築きたいと思っていて、その中の一種が恋人関係だと思っているんです。今までもいろんな関係を築いて、さまざまなものを得てきた中で、もちろん失敗することもありましたが、失恋という失敗も大事なんじゃないかと感じるんですよね。又吉さんはどうですか?

又吉 そうですね。人によっては必要ないかもしれないですけど、恋愛……していい気がします。恋愛じゃなくても、例えば芸人を目指すべきか目指さないべきかという相談をされたら、僕は絶対に目指したほうがいいですよって言っちゃうんです。あかんかったらあかんかったで、受け入れて次に行けばいい。「あの時やっていれば」と思いながら生きていくのはしんどくないですか?って。ただ、ずっとこれが正論だと思ってたんですけど、ある時、後輩に「又吉さんはそう言いますけど、一度の失敗が致命傷になる人っていっぱいいますからね」って言われて、ゾッとして。

――(笑)。

又吉 そうか、俺の痛覚がおかしくなってたんやなと。恋愛でも失敗を繰り返してますし、その他いろんな失敗も「そういうもんや」と受け入れていますけど、一回の失敗で仕事が手につかなくなる人もいっぱいいるんやろうなと思うと、本当に人によるんやろうなと。僕自身は自分の傷口をめっちゃ観察して「だいぶえぐられるなぁ」とか思いながら、どういうふうに回復していくのかをじっくり見たいタイプではありますけどね。

――自分を大切にしながら、人と関わっていくのは大切なことなのかもしれないですね。

又吉 傷つきすぎないほうがいいですよね。

たなか ベタですけど、「ちゃんと幸せを目指す」というのは大事だと思います。

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