私だけの秘密が、ここにある。
以前は、こんな遊びはしなかった。
誰にも見せない日記だけは長年書き続けていたけれど、誰にも見せないものを買うのはもったいないと思っていた。他人に見られる格好や持ち物にこそお金を使うべきで、自分ひとりが楽しむものはちょっとでいい。それこそ、人に見られないのに「意味なくない?」と、自分で自分に言い続けていたのだ。
だけどある時、夜空のような色のマニキュアに一目惚れした。深い紺色に、キラキラしたラメが散りばめられている。私の指にもファッションにも似合わないと思ったが、あまりに綺麗なので買ってしまった。無駄遣いをしてしまっただろうかと少し後悔して、とりあえず人に見られない足の爪に塗ってみようと思った。
夜、お風呂上がりに塗ってみた。10個の爪は見慣れない様相になったが、光を当てると小さく輝いて、それぞれ小さな宇宙のようだった。足の指を曲げたり伸ばしたりして、私は塗り立ての爪を愛でる。そのときふと「秘密を持った」と思った。
このキラキラ光る爪は、誰の目にも留まらない。誰にも褒められないし、誰の記憶にも残らない。そういう視点で見ると、確かに意味はないだろう。だけど、秘密はある。私だけの秘密が、ここにある。
そう気づいた時、世界が広くなった気がした。誰も足を踏み入れない、自分だけの花畑が目の前に現れたような。そうか、秘密を持てば、世界は広くなるのだ。私は私のためだけに、秘密を増やしてやろうと決めた。
ふわふわのぬいぐるみ、小さなキーホルダー、レースのハンカチ、ガラス瓶に入った香水、色とりどりのマニキュア、懐かしいラブソング。それらは決して人に見せない。ひとりでいるときだけ、私はそれらを身につける。
秘密が増えるたび、私の花畑は広がって、いろんな種類の花が咲く。そしてより存在感を持ち、社会に出る私をひっそりと支えてくれる。
今後、Kさんの足の爪に色が乗せられる日は来るのだろうか。来るかもしれないし来ないかもしれない。赤色かもしれないし、他の色かもしれない。それはKさんだけの秘密であり、私には私の秘密がある。見えていないだけで、世界はきっと色とりどりだ。
土門蘭(どもん・らん)
文筆家。1985年広島県生まれ。京都府在住。同志社大学文学部卒。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品の創作と、インタビュー記事、ブックライティングなどのクライアントワークの双方を生業とする。これまでインタビューした相手は1500人超。著書に、第1回「生きる本大賞」を受賞したエッセイ集『死ぬまで生きる日記』(生きのびるブックス)、歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(藤原印刷)、インタビュー集『経営者の孤独。』(ポプラ社)、小説『戦争と五人の女』などがある。最新刊『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』(ダイヤモンド社)が話題。

『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』
定価 1,980円(税込)
ダイヤモンド社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)あ
文=土門蘭
