2007年に国内販売した消せるボールペン「フリクション」。これを開発したパイロットコーポレーションは万年筆を祖業とする筆記具メーカーだが、実は玩具も展開しており、お世話人形の国内販売No.1という「メルちゃん」の生みの親でもあったのだ!


 万年筆や消せるボールペンの「フリクション」で知られる筆記具のパイロットが、玩具を、しかも人形を作り続けているのをご存じだろうか。その名は「メルちゃん」……と言えば読者の中には「お風呂に入れると髪の色が変わるあの人形ね」と思い出す人がいるかも知れない。「メルちゃん」の誕生は1992年。当年とって33歳となるロングセラーなのである。

お世話人形というジャンル

 4月にエポック社のシルバニアファミリーの40年の歩みを記事化したが、その好評の背景にあるものは、シルバニアファミリーに“沼る”大人ファンの存在だった。その点「メルちゃん」は?

 「メルちゃんのユーザーは現在のところは子どもたちが中心ですが、33年経っても変わらず子供用のお世話人形としてご愛顧頂いています」とは、パイロット玩具事業部で「メルちゃん」などの企画を担当する土井菜摘子さん。そして、

 「メルちゃんは身長が26cmとそこそこ大きいので、持ち運んだり飾るには少し存在感が強すぎるかも知れません」とも。

 「メルちゃん」はあくまで子供が大人役となって世話をする人形であり、それゆえの大きさをもつ。皆さんもきっと「メルちゃん」をおんぶや抱っこしたり、ミルクを飲ませたことがあるはず。そして「メルちゃん」最大の驚きは、お風呂で披露されることもご存じだろう。

色が変わるインキを活かせ!

 「メルちゃん」誕生のきっかけは、温度によって色が変わるインキをパイロットが開発したことだった。

 万年筆の製造から出発したパイロットは当然、インキの開発にもまい進したが、その過程で生みだされたのが温度によって色の変わるインキ「メタモカラー」(「メタモルフォーゼ=変身」から命名。1975年特許取得)だった。ただし温度で色が変わるという特殊で粒子の大きなインキをボールベンに使用することは難しく、筆記具用インキとしてすぐに実用には至らなかった(2007年「FRIXION」として国内発売)。そこで、現在の玩具事業部の前身にあたる新規事業部が新インキの活用に挑んだ。

 「メルちゃんなどの人形玩具以前には、メタモカラーを使ってお土産的なグッズを売っていたようです。飲み物を入れると色が変わるコップ(1976年)や手で温めると色が変わるハンカチなどをね」とは、「メルちゃん」発売当時を知るベテランの弁。

 「筆記具のパイロットがお土産グッズ!?」とは意外だが、広報部の竹尾麻里子さんは、

 「パイロットの筆記具以外の事業で言いますと、たとえばジュエリーがあります。これは万年筆のペン先など金属の加工技術を活かしたもの。セラミックス事業はシャープペンシルの芯とセラミックスの製造法が近しいことから始まりました」と、これまた「筆記具のパイロットが!?」である。

 「メタモカラー活用法のひとつ」として、お風呂に入ると髪の色が変わる特長を与えられたのが「メルちゃん」だった。色変の温度はおおよそ36℃。当時、お世話人形を作っているメーカーは複数社あったが、いずれも単品としての展開だった。

 家族や友達、グッズなどの水平展開、シリーズ展開はなかったということ。「メルちゃん」も当初は他社同様の単品製品だったが、「お風呂に入ると髪色がブラウンからピンクに変わる」という意外性から一歩抜きんでることに。ただし、「メルちゃん」以前から~お風呂に入るとホッペの色が変わる~と似た特長をもつ人形は存在していた。「それでもメルちゃんの方が目立ったのは、おそらく髪全体がピンクに変わるので、他社製品に比べてインパクトが大きかったからではないでしょうか?」(土井さん)

 商品名は「おふろすきすきメルちゃん」。人形として先行していた「メイキャップみかちゃん」の妹という位置づけだった。

 「みかちゃん」はいつしかいなくなったものの「メルちゃん」はよく売れ、翌1993年には「おせわだいすきメルちゃん」として新発売。この「お世話人形」という位置づけがロングセラーの礎となった。というのも、いち人形玩具から、発育玩具、情操玩具となったからだ。

 1994年の「おやすみセット」、2003年の「メルちゃんのびょういん」などシリーズの水平展開を進めることで玩具店でも目立つ存在となり、2004年にはついに「おとこのこのおともだち」(当初は名前無し。現在は「あおくん」)が誕生! 現在では「メルちゃん」同等の身長26cmで10人展開となり、「ごっこあそび」「おせわ」「きせかえ」などグッズ展開含めトータル約100品目と爆増。累計販売数は33年で1000万体を突破し、身長がおよそ半分の「ポケットメルちゃん」も加わっている。

2025.07.16(水)
文・写真=前田賢紀