「浮雲の御方も馬鹿をやったもんだよねえ」
浮雲は現在、宗家の姫の教育係として、東本家別邸と中央を行ったり来たりしているという。時折、内親王をお忍びで別邸に連れてきて、自身の娘と遊ばせることもあり、その度に厨では下世話な噂が飛び交っていた。
「本当だったらあのひと、教育係なんかじゃなくて、自分が皇子や皇女を産む立場になっていたかもしれないのにさ」
「それは、登殿の儀のことか?」
厨には噂好きな下男や下女が大勢たむろしていて、何気なく水を向ければ、自ら進んで色々な情報をもたらしてくれた。
「登殿で失敗してすぐに家に返されたんだから、最初から入内は望み薄だったんだろう?」
あえてそう言うと、菜っ葉を刻んでいた女は「馬鹿だね」と優越感を漂わせて言った。
「金烏陛下は、若宮だった頃に会った浮雲の御方が忘れられなかったのさ。わざわざ、お忍びで東領まで来たこともあるくらいだ」
「まさか!」
「あんたが知らなくても当然、お忍びだもの」
十年くらい前の話だしねぇ、と言われ、どきりと胸が鳴った。
「あの女、せっかく陛下が通ってくれたってのに、寝所に男を連れ込んでやがったんだぜ」
対面で、ごぼうの下処理をしていた男が下卑た笑いを漏らした。
「陛下とねんごろになる前に子どもが腹にいるとばれちまって、お忍びも止んじまったわけだ」
「お館さまや女房連中の慌てようは相当なもんだったって、奥に仕えている子が言っていたよ」
そりゃそうだよねえ、と呆れたように言う下女に、下男は声をひそめた。
「本人や身近な女房連中は、暴漢に襲われたと主張したらしいが、誰も信じちゃいないさ。だって、子どもが出来たと分かるまで、襲われたとは一言も言わなかったんだから」
隠していたのは、本当は襲われたのではなく、自分から誘ったからに違いない、と下男は嘯く。
「本当は、前々から密通していた男がいて、そいつを庇おうとしたってわけだ」
2025.01.16(木)