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 “楽聖”ベートーヴェンの苦悩の人生と、創作の真相に迫った舞台『No.9 ―不滅の旋律―』。「第九」初演から200年目の節目にあたる今年、4度目の上演が決まった。初演からベートーヴェンを演じる稲垣吾郎さんに、意気込みや稽古場でのエピソードを聞いた。


ベートーヴェンを演じる姿勢を持ち続けていた

――天才作曲家ベートーヴェンの半生を描く舞台『No.9 ー不滅の旋律ー』の上演は今回で4度目となりました。今の率直なお気持ちから伺います。

 素直に嬉しかったですね。過去にはコロナ禍でウィーン公演が中止になるなど残念なこともありましたが、常に心の奥には『No.9』でベートーヴェンを演じる姿勢を持ち続けていました。リモコンの電源は切っても、主電源は抜いていないような状態です。そしてようやくまた始まるのは喜びでいっぱいですし、この作品に関わる役者、スタッフみんなが同じことを思っていると思います。

――稲垣さんは演じられるベートーヴェンを「とても人間くさい人で親しみを感じる」とコメントを出されていましたが、どのあたりにそう感じますか?

 僕が演じるベートーヴェンはとても気難しく、急に怒ったりしますが、それはやはり本人にとって病気で耳が聞こえなくなってきた側面が大きく影響していると思っています。若い頃は社交的で人付き合いも良かったという話も聞きますから。あとは父親や家族との関係で生じた悩みもあっただろうし、年齢とともに背負うものも大きくなってくれば、どうしても偏屈さを伴う人間くささは出てきますよね。今挙げただけでもいろんな要素があり、本当につかむのが難しい役です。

 でも、彼の作る音楽も同じですよね。「第九」や「運命」のような情熱的な作品もあれば、「田園」のような穏やかな曲もある。わかりやすくない部分が彼の魅力でもあるのだと思います。

 また、この台本ではすごく素直な人間として描かれているところもあって、そこもチャーミングで人間らしいと僕は思います。彼には音楽がすべてだから、他人にどう思われるかは関係がなかったのかもしれません。僕だったら恥をかきたくないから隠してしまうような部分も、結構むき出しですからね。

浦沢直樹さんも太鼓判のハマり役

――『No.9』のベートーヴェン役は、本来の自分とは全然違うキャラクターであるとよくお話されていますが、与えられた天賦の才、美意識のこだわりなど、観客としては結構共通点があるのではと思っています。自分と似た部分はあると思いますか?

 役を演じる上でそう言っていただけるのはすごく嬉しいですね。僕自身としては全然違うなって思っていて、ベートーヴェンと共通部分があるなんてむしろ憧れちゃいます。共通点を考えて演じていたことはないですが、たしかに観に来てくださる方からは、結構ハマり役だよねとおっしゃっていただくことが多くて嬉しいです。

 初演の時に見に来てくださった漫画家の浦沢直樹さんにも「ゴローちゃん、ベートーヴェン合ってたね! ピッタリだね!」と楽屋で言っていただいて。浦沢さんは、ベートーヴェンの生誕250年を記念したアルバムのジャケットをその後手掛けられていて、ベートーヴェンに傾倒されていたこともおありなので嬉しいです。

 演じていて思うのは、観る方は、僕のパブリックイメージみたいなものを、ベートーヴェンに重ねてくれているんだと思います。「どこからがベートーヴェンさんで、どこからがゴローさんか」といった感じに観客を翻弄させることができたら成功だなと思いながら演じています。

2024.12.06(金)
文=綿貫大介
写真=榎本麻美
ヘアメイク=金田順子
スタイリスト=黒澤彰乃