今年で没後10年。戦後日本を代表する名優はどのような食事を楽しんでいたのだろうか。ここでは高倉健さんに17年寄り添ったパートナーの小田貴月による、健さんが生前召し上がっていた家庭料理を紹介するフォトエッセイ集『高倉健の愛した食卓』より一部抜粋。健さんとのトーストの思い出を振り返る。(全2回の前編/続きを読む)
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初めて嗅いだ “幸せの匂い”
高倉が戦中戦後を過ごした少年時代は、決して豊かとはいえない食料事情だったと聞きました。ある時、駐屯基地で知り合った同年代のアメリカ人少年の家に遊びに行く機会がありました。翌朝お土産に渡されたのがサンドイッチでした。初めて嗅いだパンのイーストの匂いに、
「これが幸せの匂いっていうのかなあ」
と思ったと言います。
以来、高倉にとって、食パンのイーストの匂いや焼いたトーストの香りは、幸福感に重なる記憶となったようでした。
「いつか森の中に、暖炉のある小さな別荘を作りたい。でも、一つ大事な条件があって、それは、近くに美味しいパン屋さんがあるところ。毎朝、そこに焼き立てのバゲットを買いに行くんだ。歩いて行ってもいいし、自転車に乗っていってもいいよね」
と夢を語ってくれたことがありました。
いちばんの贅沢
フレンチトーストを作るとき、卵、牛乳、きび砂糖を使い、アパレイユ(卵液)を準備します。パンはフォークなどで穴を開けて、レンジで軽くあたためてからアパレイユに浸すと、なかまでしみこみやすくなります。焦げやすいので、火は弱火がお勧め。お皿に添える果物を増やして、フレンチトーストの甘味は控えめに仕立てました。
ピザ生地に限りませんが、時間が許せば、できるだけ手を使って粉を捏ねるのが好きでした。最初はベタベタとしていた粉にまとまりが出てきて、さらに捏ね続けていると、すべすべした生地肌に変わり、指先や掌から伝わってくる生地の心地よさが、まるでセラピーのようにも感じられるからです。
自家製のピザ生地を作るたのしみは、強力粉や薄力粉のブランドにこだわったり、比率を変えたり、自分好みの食感を探れるところ。薄くのばしたパリパリクリスピータイプ、もちもちふっくらタイプ、あるいはその中間。
好きな具材をならべて、焼き立てを頬張れることがいちばんの贅沢ですね。
〈「もし明日死ぬってわかったら、最後に食べるご飯は……」高倉健が人生の最期に自宅で食べたかった一品〉へ続く
高倉健の愛した食卓
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文藝春秋
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2024.11.06(水)
文=小田貴月