しばしあっけにとられていたが、その姿が見えなくなってすぐに、雪哉がもぞもぞと動きだした。
「雪哉、雪哉。どこか痛いところはない?」
「母上……?」
𠮟ってはいけないと思っていたのに、つい、「お馬鹿!」と声が出た。
「もう。一体、今までどこにいたの。怪我はない? 大丈夫なの」
「だいじょうぶ」
ああ、無事でよかった、と抱きしめられ、ぼんやりとしていた雪哉は、すぐに我に返ったように「雪雉は!」と叫ぶ。名前を呼ばれたせいか、雪雉もぽかりと目を開く。しばし、何が起こったか分からない顔をしていたが、梓の顔を認めた瞬間、すぐにわあっと泣き始めた。
「ははうえぇ」
「雪雉」
「ごめんなさぁい」
弟が梓に抱きついたので、自然と、雪哉は一歩下がる形となった。
「僕、すぐに帰ろうとしたんです。でも、なんでか同じ道から出られなくなって」
「うん」
「どうして。だってここ、郷長屋敷の裏でしょう?」
周囲の様子を見て、ここがどこだかを悟った雪哉は狐につままれたような顔をしていた。
「どうして、迷子になんてなったんだろう……」
「きっと、山神さまのお庭に入ってしまったのよ。でも、お兄ちゃんが、雪雉を守ってくれたのね」
遠慮するように足を引いた雪哉を構わず抱き寄せ、ありがとう、と言う。すると、すうっと雪哉の眉間から険が抜け、赤ん坊の時と変わらない顔になった。
「……本当は、こ、怖かった」
「そうだよね。怖かったよね」
「帰りたいのに、帰れなくって、雪雉は泣いちゃうし、お腹もへったし」
「でも、雪雉を守ってくれたんだね。強かったね。えらかったね」
お兄ちゃんは頑張った、と言った瞬間、不意に――びええええ、と雪雉に負けない大声で、雪哉が泣き出した。
「お腹へったぁ。もう帰りたい」
もう帰るぅ、と顔を真っ赤にして泣く雪哉に、雪雉の方がびっくりした顔で泣き止んだ。
思えば、ささいなことで喧嘩し、泣いてしまう長男と三男と違い、雪哉がこんな風に泣くのは、ひどく久しぶりだった。
2024.09.28(土)