「ごめんねえ、雪哉。一緒に、おうちに帰ろうね」

 きっと、色々と我慢をさせていた。申し訳なく思ったが、それでも、こうして泣いてくれるのであれば、まだ何とかなると思った。

 雪哉の泣き声を聞きつけ、郷長屋敷の方から慌てふためいて人々が駆けつけて来た。

 その先頭に立ち、全力で駆け寄って来るのは、雪正だ。

「雪哉、雪雉! お前ら、どこに行っていたんだ!」

 心配したんだぞ、と心底ほっとしたように叫ぶ夫の声。その後ろからは、転がるように駆けて来る長男の姿もある。

 今ならまだ、大丈夫。順風満帆とはいえないかもしれないけれど、それでも、この子は自分の息子であり、自分達はひとつの家族なのだ。

 今のうちに気付けてよかった。

 死んだ八咫烏は、山神のもとに働きに出るという。

 もしかしたら、山神に仕える冬木が、このままではいけないと思い、自分にそれに気付く機会を与えてくれたのかもしれない。

 ――冬木の穏やかな笑い声に似た、木ずれの音を聞いた気がした。


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2024.09.28(土)