どうにも分からない、と、彼女は梓を見上げた。

「梓さま。どうしてあのひとは、あんな顔で笑ったのでしょう」

 芽吹いたばかりの木々はまだ寒々しく、腕のように伸ばされた枝の間からは、淡い月影が漏れている。

 郷長屋敷の裏手、斜面に生える木々の間をひとりで歩きながら、梓は考えた。

 冬木は、怒りと嫉妬にかられて、自分の命を粗末にするような女だっただろうか。誰も幸せにならないようなことを?

 否。

 確かに彼女は捻くれていて、性格が良かったとはとても言えない。でも、どんな時だって冷静だった。一時の感情で、そんな自暴自棄になるような女じゃない。彼女なりの計算があったはずだ。

 彼女は、おそらくは単純に――自分の子どもが欲しくなったのではないだろうか。

 もしかしたら、最初は煮えくり返るような怒りがあったのかもしれないが、それも、雪馬を見たら消えてしまった。もともと、かしましい女房には冷たい目を向けるのに、目いっぱいに泣く赤ん坊には、嫌な顔ひとつ見せたことのない女だ。おそらくは、子どもが好きだったのだと思う。思えば、自分に対してひどく優しかったのも、梓が彼女よりも六つも年下だったせいかもしれない。

 だが、普通に「子どもが欲しい」と口にしたところで、反対されるのは目に見えていた。冬木は、雪正が自分を好いていないこともとっくに承知していただろうし、北家の意向を気にして、冬木の身を危うくするようなことを、絶対にしないだろうことも見通していた。

 だから、怒っているふり(・・)をしたのだ。

 そうでなければ死んでやると怒り狂って、周囲がそうせざるを得ないと認めるように。

 自分の評価を地に落とし、後々のお家騒動も全て承知していながら、きっと、それでも彼女は子どもが欲しかったに違いない。

 そして、うぬぼれかもしれないが、それを彼女がやったのは、梓が雪正の妻だったからだ。

 冬木は、身内の貴族連中を嫌っていた。

 彼らに大事な息子を渡そうなどと思うはずがない。

2024.09.28(土)