娘はそう長生きは出来ないから、せめて、と訴えたらしい。
「その代わり、しかるべき時が来たら、北家当主から側室には必ずそなたを推薦すると、そういう約束だった」
しばらく、ぱったりと縁談が途絶えたことを思い出し、梓は震えた。
「あなたは――まさか、それを言われて、私が喜ぶとでも思ったのですか」
雪正は一瞬ひるんだが、それでも、己の言を翻すことはしなかった。
「……最初から、そなたが私の妻になるべきだったのだ。冬木だって、内心では私を下に見ている。出世のために自分を利用せよとまで言うのだから。どれだけあの姫は、私を馬鹿にすれば気が済むのか!」
「違う。違うのです」
それは、不器用な彼女なりの献身だったに違いない。
「とにかく、私が最初から愛していたのは、そなただった。冬木ではない」
「お願いですから、どうかそれ以上、おっしゃらないで!」
――冬木は頭の良い女だった。
雪正の思いに気付かなかったはずがない。どれだけ悔しく、恨めしかったことだろう。
みんながみんな、冬木のためと言いながら、結局のところ、誰も冬木がどう感じるのかなどと一度も思い至らないまま、悪びれもしていないのだ。
これでは、冬木の気持ちはどうなるのだと言いかけ――彼女の心を踏みにじった筆頭が、この自分なのだという事実に愕然となった。
垂氷に連れ戻された冬木は、死んでも構わない、命に替えても子どもが欲しい、と怒り狂ったという。
誰も、冬木を止めることは出来なかった。
両親の制止も、雪正の説得も、全く何の意味もなさなかった。しまいには、己の首に刃を向け、半ば脅すような形で寝所を共にしたという噂まで聞こえたが、真実は、冬木の話になるたびに苦い顔をする雪正にしか分からない。
そして、ひとつの卵を産み落とすと同時に、冬木の体は限界を迎えた。
誰も、雪正を責めることをしなかった。北家当主でさえもだ。
羽母のもとで孵った卵から生まれたのは、男の子だった。
2024.09.28(土)