だから、冬木が言うべきだったことを、この母が代弁したのだと、お凌の方はため息をついた。
「冬木さまが、私を側室にと望んだというのは――嘘だったのですか」
お凌の方は、それには答えなかった。
「厳しいと思えるでしょうが、仕方なかったのです。あの子の立場を思えば、こうするしかありませんでした」
もともと遊女であったこの人は、かつて、ひどく苦労したと聞いている。娘二人と跡継ぎを生むことによって、ようやく貴族として認められた節すらある。
ただでさえ、冬木は侍女たちの間で評判が悪かった。
貴族の妻として認められるには、配下の女達のまとめ役として、家をきりもりすること、そして、跡継ぎを生むことの二つが必要だ。お凌の方は、娘がそのどちらも放棄した以上、わがままを通させるわけにはいかないと考えたのだろう。
果たしてこれは、親心なのだろうか? 自分が嫁いできたばかりの頃と、似たような境遇に追い込まれた娘に対する思いやり?
いや。きっと、違う。
「好いた殿方と一緒になれただけで、何よりの僥倖というに――一体あの子はこれ以上、何を望むというのでしょうね」
静かに言い切ったお凌の方に、もしかしたらこの方は、北家当主のほかに、心から愛しいと思った殿方がいたのかもしれないと、痺れたような頭で梓は思った。
「梓、あなたは何も気にせずともよろしい。ただ、雪馬を良い子に育てなさい」
いいですね、と。
思いやり深く言われた梓は、泣き出した雪馬を抱きしめたまま、何も言うことが出来なかった。
どうして嘘をついたのかと詰め寄った梓に、雪正はとうとう本音をこぼした。
「私は、あれを妻にと望んだことは、ただの一度だってない」
「どういうことです……?」
「北家当主よりそれを言われる前に、すでに縁談があった。そなたとの縁談だ」
私は最初から、そなたを妻にと望んでいた、と、苦しい声で雪正は言った。
「そこに、割り込んできたのが冬木だ。最初は断った。そなたがいいと何度も言った。郷長の後継者問題の最中にあった私が、渡りに船とばかりに縁談に飛びついたとでも思っていたのか? 私は、実力で認められたいと思っていた。妻の家の威光を借りるなんてまっぴらだ。縁談は断ったのに、北家当主自らに頭を下げられては、それを突っぱねることは出来なんだ」
2024.09.28(土)