「この、裏切り者! 絶対に、絶対に許さないぞ」

 ――あまりの剣幕に、足が動かなかった。

 だがそれは、どう聞いても、冬木の声に違いない。

「何ですか。騒々しい」

 呆れたように言ったお凌の方の口調は、まるで聞き分けのない子どもに根気強く話しかけるようだった。

「落ち着いてお聞きなさい。いいですか、冬木。こうなったのは、お前の怠慢です。本来であれば、お前の方から(・・・・・・)、側室を持つように提案すべきだったのですから」

 郷長の妻として最低限のつとめも果たせないのなら、他の者にそれをしてもらうしかないではありませんか、と。

 困ったような母親に、冬木は血を吐くような苦鳴を上げた。

「ふざけるな! だったら最初から、あたくしを嫁になどやらなければよかっただろう!」

「それとこれとは、別の問題でしょう。全ては、お前を思ってのこと。垂氷で良い奥方になって欲しいと願っていたというのに、恩を仇で返したのは、お前の方ですよ。この上、側室を認めないなどと、道理の通らないことを言うものではありません」

「何が道理だ。何が、あたくしを思ってのことだ。全部、自分の体面が悪いからだろう。みんなみんな、あたくしを馬鹿にして……あたくしは、お前達の人形なんかじゃない!」

 雪馬を抱きしめる手が震えた。弁解したいのに、直接会って話したいのに、聞いたことのないような冬木の怒声が恐ろしくて、どうしても出て行けなかった。

「あたくしは、許さないわ。ええ、死んでも許さない。絶対に!」

 絶叫を最後に、咳き込む声が激しくなり、不意に、その音も途切れた。

 どうやら、あまりの激昂に、血が頭にのぼって倒れたらしい。

 冬木を別棟に連れて行くように下女に指示を出したお凌の方は、凍りついた梓に気付くと、苦笑してみせた。

「あの子には困ったこと。いつまで経っても、自分のことばかりで……。これは、冬木を甘やかしてしまった、あたくしの罪でもあるのでしょうね……」

2024.09.28(土)