半ば、雪正にほだされるようにして、梓は雪正の妻になった。

 垂氷郷で、居室を新たに増築するということで、しばらくの間、梓は北家本邸に留め置かれた。最初に言った通り、雪正は熱心に通って来て、そして拍子抜けするくらい、梓はあっさりと懐妊したのだった。

 北家当主夫妻はこれを、自分の娘のことのように喜んだ。

「冬木も喜んでいるわ」

 そう言ったのは、お凌の方だった。

「本当でしょうか……」

 いまだ、冬木と言葉を交わすことの出来なかった梓は不安だった。ふくらみの見えない腹を撫でさする梓の言葉を、しかしお凌の方はほがらかに笑って否定したのだった。

「もちろん、嬉しいに決まっています。今はあの子の具合が良くないようだけれど、生まれた頃には、顔を見せに行ってあげましょう」

 名前に動物が入っている男子は、健康に育つという。

 数月の後に生まれた子は、神馬(しんめ)にあやかり、雪馬と名付けられた。

 未だ北家本邸で留め置かれたまま、梓は初めての子を育てることになった。雪正は熱心に雪馬と梓のもとに通ってくれたし、北家の方で羽母(うば)も手配してくれたので、子育てについての不便は感じなかった。ただ、雪馬は人の姿をとれるようになってから夜泣きが激しく、泣いていない隙を見計らって休むこともしばしばであった。

 その日も、雪馬の隣で横になって昼寝をしていたのだが、泣き声とは違う物音に、ふと、目を覚ました。

 何やら、外が騒がしい。

「何かあったの」

「行ってはいけません、梓さま」

 侍女は固い表情で止めたが、聞こえてくるのは、甲高い女の声と、それに混じる――苦しそうな、咳の音だった。

「まさか、冬木さまがいらしているの」

 息子を抱えて廊下に出ると、同じようにそちらに向かおうとしていたお凌の方が、その行く手を遮った。

「梓。ここは、任せておきなさい」

「ですが」

「いいですね。これは命令です。お戻りなさい」

 毅然とした態度のまま、お凌の方は外へ出て行ったが、梓は侍女に促されても、その場に留まり続けた。

2024.09.28(土)