「――私を、垂氷郷郷長の側室に?」

 すでに、冬木が垂氷に嫁いでから、五年の月日が経っていた。

 あれから何度か文のやり取りをしていたのに、近頃は、その返信がなくなっていた。いよいよ、体の調子が悪いのかと危ぶんでいたところだったのだ。

 冬木の実の母である北家当主の妻、お(りょう)の方は、真剣な眼差しで梓に訴えた。

「垂氷で、冬木は窮しているのです。いまだ、垂氷の郷長にはお子がないまま。それも自分のせいだと思えば、肩身が狭くてならないのだそうです」

 続けざまに、どうか吞んでやってくれと、北家当主自らが足を運んできた。

「縁談を進めた我々としても、どうにかしてやりたいのだ。冬木は、側室にするならば、せめて梓に、と言っているらしい」

「冬木さまが、本当にそうおっしゃったのですか」

「ああ、そうだとも」

 北家当主自ら頼まれては、梓に、選択肢などあろうはずがない。

 ――違和感はあった。

 冬木は、雪正に心底惚れ込んでいた。それなのに、自分から側室が欲しいなどと言い出すだろうか、と。しかし、あの(さと)い冬木のことだ。葛藤はあったとしても、これからの垂氷郷を思い、後継者の問題を考えたならば、梓を側室に選ぶこともあり得ない話ではないと思ってしまった。

 改めて文を送ったが、やはり、返信は来なかった。

 中央から、北家の本邸に呼び戻された梓の元に、とうとう、雪正が訪ねてきた。

 垂氷の若き郷長は梓に対し、きわめて誠実だった。

「跡取りがいないせいで、冬木は、垂氷でつらい立場にあるのだ。なんとかかばいながらここまで来たが、心労が、最近は体にまでたたっている。冬木はその実、家の采配も出来ない状態なのだ。どうか、冬木を助けるつもりで、側室になってはもらえんだろうか」

 側室という形にはなってしまうが、冬木と同様に大切にするから、と。

「一度、冬木さまに会わせては頂けませんか」

「今は、体の調子が良くないから難しい。だが、そなたがうんと言ってくれれば気鬱も治り、じきに会えるようになるだろう」

2024.09.28(土)