こらえきれなくなったように、冬木は笑い始めた。
「いいものを見せて頂きました。とても可愛いし、素敵だけれど、わたしは、十分楽しみました。だからどうか、蛍はここで逃がしてやってください」
「分かりました」
蛍が逃げないようにしていた栓を抜いてやると、中にいた蛍はしばしそこでうごめいた後、ふうっと、吐息に吹かれたかのような軽さで、そこから外へと飛び立っていった。
帰って行く雪正を見送る冬木の横顔は、今まで梓が見たことのないもので、こんな顔も出来たのか、と新鮮に思った。なんとなく寂しい気持ちもあったけれど、そんなことどうだっていいと思えるほどに、胸が締め付けられてならなかった。
――なんて、可愛らしい方なんだろう。
なんとかしてやりたいと、心からそう思った。
だから北家の当主夫妻に、それを告げたのは梓だった。
冬木さまに好いたお人がいる、と。
縁談は、とんとん拍子に進んでいった。
娘が見初めた相手だからと、北家当主は張り切ったし、隠居を望んでいた垂氷郷の郷長も、北家という強力な後ろ盾を確保出来る、息子への冬木の輿入れには乗り気だったのだ。
「ありがとう、梓。全部、あなたのおかげよ」
垂氷へと向かう冬木は、幸せに満たされて美しく、自然と、梓の目からも涙がこぼれた。
「冬木さま。どうぞ、お幸せになって」
垂氷郷との折り合い上、梓が、侍女として付いていくわけにはいかなかった。
そうして、冬木は雪正の正室として垂氷郷へと嫁ぎ、梓は、中央づとめをすることになったのだった。
あなただったらすぐに嫁ぎ先も見つかるでしょう、という冬木の言とは逆に、梓はなかなか縁談には恵まれなかった。
いつか冬木が言った通り、結局、冬木の姉は入内せず、北家系列の貴族のもとに嫁ぐことになった。玄喜のもとにも息子が生まれ、梓が中央の北家の朝宅で、その子ども達の面倒を見ていた頃。
北家当主の妻から、にわかには信じられない話を持ちかけられた。
2024.09.28(土)